「つらい記憶だけじゃない」。レビー小体型認知症の妻と歩んだ5年間
短編小説の名手として知られる直木賞作家の阿刀田高さん(91)は、昨春、60年連れ添った妻・慶子さんを見送った。
慶子さんは生前、注意力や認知力が一日の中で大きく変動する「レビー小体型認知症」を発症し、阿刀田さんが介護を続けていた。「根源的な愛情」をもって妻を支えた5年間を、阿刀田さんが振り返る。
慶子は真面目な人でした。明るくて、努力家で、真っ直ぐで、良い人。若い頃は外国人相手の日本語教師をしていました。1965年、28歳のときに私と結婚し、二男一女を育て上げた。子育てが一段落した87年頃からは「朗読」という新たな仕事を見出し、舞台朗読に打ち込んでいました。

最初に異変を感じたのは、2020年の年末です。毎年の恒例としていた暮れの温泉旅行で、2人で伊豆の修善寺に行きました。が、本来楽しいはずの旅行なのに、出発前から「行きたくない」と言い、旅行中も酷く苛立っていた。ふだんとのあまりの変わりように「これは何かある」と胸騒ぎがしました。
伊豆から帰ってすぐ、慶子を病院に連れて行きました。ただし「いまの君はふつうじゃない。病院に行こう」なんて言って頷いてくれるわけはないと思ったので、以前、近所の医師から少しパーキンソン病の気配があると指摘されたことを方便にし、「しっかり診てもらおう」と、伝手を頼って慶應病院に行ったのです。
そのときは「レビー小体型」という具体的な名称は出ませんでしたが、「認知症が進んでいる」と診断されました。
「……やはりそうか」と思いました。
病名は、慶子に伝えませんでした。
認知症と判明したものの、何をすればいいのか、どこに支援を求めればいいのか、まったくわからなかった。孤軍奮闘の日々が始まりました。
共倒れになってしまってはいけない
当初の慶子は、ヒステリックな状態が続きました。私に厳しい言葉を投げつけてきたり、寝ているとき突然水をかけてきたりしました。人が変わってしまったようで、私がイメージする認知症の症状とはだいぶ違いました。
耐えられずに夜中、外に逃げ出したこともあります。そうすると慶子は追いかけてくる。私を探して、隣に住む次男宅のドアを叩くのです。私は遠くからその様子を窺っていましたが、次男は、あえてそのノックに応えなかった。よく耐えてくれたと思います。何の応答もなければ、慶子はあきらめて家に戻りますから。
慶子が戻ったら私も戻りますが、家の鍵をかけられてしまい、慶子を独り家に残してホテルに泊まったこともありました。
ある日、慶子が突然「離婚する! 知り合いの弁護士に会いに行く」と言い出しました。で、出ていこうとして階段から転がり落ちてしまった。急いで病院に連れて行きましたが、腰椎を折っていました。
あれが大きな転換点でした。しばらく寝たきりが続き、骨折から回復したあとも自由に歩くことは叶わず、車椅子に頼る生活が始まったのです。
年額プランがおトク!月あたり900円で全記事読み放題
月額プラン
1ヶ月更新
1,200円/月
オススメ!
年額プラン
10,800円一括払い・1年更新
900円/月
1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き
電子版+雑誌プラン
18,000円一括払い・1年更新
1,500円/月
※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き
有料会員になると…
日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事が読み放題!
- 最新記事が発売前に読める
- 編集長による記事解説ニュースレターを配信
- 過去10年7,000本以上の記事アーカイブが読み放題
- 塩野七生・藤原正彦…「名物連載」も一気に読める
- 電子版オリジナル記事が読める
source : 文藝春秋 2026年12月号

