日本郵政を堕落させたのは誰か?

かんぽ生命は「傲慢、無責任、野放図」の殿堂だ

藤田 知也 朝日新聞経済部記者
ニュース 企業
巨大な「票と財源」を持つ組織は、なぜ顧客を食い物にしたのか? 日本郵政をここまで堕落させたのは誰か? かんぽ生命問題を取材し続ける記者による渾身のレポート!

日本郵政は幕引きを急ぐ

 信頼ある郵便局のブランドを悪用し、顧客の意向に沿わない保険をお年寄りに売りまくった日本郵便とかんぽ生命保険。その持ち株会社である日本郵政の新トップに1月6日、元総務相の増田寛也氏が就任し、信頼の回復に取り組む姿勢をアピールした。

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頭を下げる(左から)日本郵便の衣川和秀社長、日本郵政の増田寛也社長、かんぽ生命の千田哲也社長

 だが、顧客に不利益を与えた疑いのある問題事例が多数あると発覚した昨年6月以降も、同グループが事態の深刻さを理解し、自ら変わろうとする兆しを見て取ることはできなかった。むしろ問題事例をなるべく小さく封じ込め、幕引きを急いで営業再開にこぎつけようという姿勢のほうがめだった。

 そうした態度が端的にあらわれた事例をまずは紹介しよう。

 藤本聖子さん(仮名、40代)は昨年7月末、かんぽ問題を報じるテレビのニュースを眺めていた。問題発覚当初に「客のサインがあるから問題ない」と開き直っていた郵政グループは、7月に入ってから経営陣が謝罪し、「本格調査に乗り出す」と表明した。本来は家族の同席が必要な高齢者の保険契約で、郵便局員があえて子どもを同席させない事例があるとテレビで紹介されたのを見て、聖子さんは「うちも同じじゃないか」と思わずにいられなかった。

 81歳の母親が2016年に契約したかんぽの保険は、内容をよく理解できていなかったうえに、家族は同席せず、同席を求められた覚えもないと母親が言っている。そこで聖子さんが翌月にかんぽのコールセンターに電話して事情を伝えると、数日後、担当者が契約内容を確かめたうえで、こう返してきた。

「お客様の契約に問題はありません。家族の同席は『遠方に住んでいる』という理由でお客様が拒否され、お客様自身がサインもしています」

 しかし、この契約にも大きな問題が隠れていることは、あとになって判明する――。

年間43万円の保険料

 母親がかんぽの「喰いモノ」になっていると考え始めたのは、その3年ほど前のことだ。

 父親が倒れ、埼玉県にある実家で親の保険を整理していたところ、かんぽ商品が4つ見つかり、足し合わせると月額保険料は計10万円を超えた。母親の年金収入を大幅に上回る額で、保険料支払いで貯金額は減っていた。

 とくに気になったのが、16年秋に契約された生命保険。年43万円超の保険料を10年間払い、入院時の保障が1日3000円、死亡時に300万円の保険金が払われる終身保険だ。言葉は悪いが、早く死ねば得をし、健康に長生きをすると損になる商品だ。これを母親は本当に望んだのだろうか。

 母親によれば、「入院保障は1日1万円あったほうが安心」という話に同意し、保険を契約した覚えはある。だが、加入済みだった他の保険の保障内容をみると、16年時点で1日1万円以上の入院保障があと7年間は続くはずだった。死亡保障の増額は望んでおらず、まして1日3000円の入院保障のために年間43万円もの保険料を払うのは尋常ではない。

 疑問に感じた母親と聖子さんが、別の郵便局へ相談に行ったこともある。そこではじめて「70歳以上なら家族を同席させる社内規定がある」と教わった。契約当時、聖子さんは隣の東京都内に住んでおり、子どもをあえて同席させなかったのではないかという疑念が芽生えた。ただ、父親が倒れて介護生活に入り、仕事にも追われ、しばらく手をつけられなかった。もやもやした気持ちを抱えていたところ、目にしたのが前述のテレビニュースだった。

 かんぽ側の説明では、郵便局員が家族の同席を求めたのに、母親が自ら娘の同席を断って書類にサインをした、というストーリーになる。「サインもあるので問題はない」と言われてしまえば、そこで諦める人は多いだろうが、聖子さんは粘った。母親は「同席を頼まれた覚えはない」と言っている。かんぽや郵便局の主張が事実なら、母親のほうが間違っていることになる。納得がいかない聖子さんは、「サインがある」とする書類を見せてくれるようかんぽ側に求め、最寄りの郵便局で写しを受け取った。

 開示された資料は、「ペーパーレス帳簿」だった。タブレット画面などで必要項目にチェックを入れ、確認した証しに1枚の紙に署名すると、電子的な契約申込書や意向確認書などに反映されるしくみだ。

 資料にはたしかに、「ご家族などの同席なし」「遠方に住んでいる」といった欄にレ点があり、「同席について担当者(募集人)から依頼があった」との欄にもチェックがついている。これを盾にかんぽ側は「問題ない」と主張したのだ。

確認書にはサインなし

 だが、家族の同席を拒否した記録を残す資料は、もう1つあった。保険の契約内容を事前に確認する「ご契約内容確認書」で、内容確認時の家族の同席の有無、同席した場合の同席者、同席していない場合の理由などを記す欄がある。

 母親は契約時の資料を多くは残していなかったが、この契約内容確認書の控えは手元にあった。そして、聖子さんが見直すと、家族同席に関する欄はすべて空欄になっていた。

 筆者は昨年11月に聖子さんと会い、ここまでの話を聞き、資料も見せてもらった。契約内容確認書は1枚目の紙に書いた文字が2枚目以降に写る「複写式」で、母親が残していたお客様控えは1枚目。2枚目以降も空欄になっているはずだ。

 かんぽの勧誘にかかわる郵便局員らにこの状況を伝えると、彼らは口をそろえてこう指摘した。

「確認書に『同席拒否』のサインをもらわないのはあり得ない。それは郵便局員のミスで、社内資料でチェックがついているのは意図的に行われたものではないか」

 別のかんぽ社員は「契約内容確認書は会社側の控えもある。そこに誰かがサインを捏造したか、空欄のまま意図的に社内のチェック欄だけつけたのではないか」と話す。ずさんな契約手続きだった疑いがあり、聖子さんは同書類の控えを開示するよう求めている。

 聖子さんがおかしいと思う契約は、ほかにもある。

 15年9月に契約した養老保険は、母親が「相続時の節税効果がある」と言われ、納得して契約したものだった。だが、一定額以上の資産を相続しなければ、そもそも相続税はかからない。聖子さんの両親には、相続税が課税されるほどの資産がなく、郵便局員の言葉は虚偽だった可能性がある。

 この保険の被保険者は聖子さんであり、早く亡くなれば得する可能性はあるものの、50代まで健康で生きると損になる。そして、大事なことは、そもそも母親も聖子さんも「保障を買う」という意向を持っていなかった、ということだ。

 それにもかかわらず、かんぽは「契約書にサインがあり、問題はない」と先の契約と同様に決めつけた。不信感を深めた聖子さんと母親は、それまでの経緯を文書にまとめ、かんぽに送ることにした。事実経過を整理するため、母親とともに埼玉県の郵便局を訪ねて担当者をつかまえると、「家族の同席を求めたが、お客様(母親)が断ったと思う」「節税というより『節約』だった」などの答えが返ってきた。

 かんぽのコールセンターにも改めて電話し、「問題ない」と言う担当者のフルネームや所属部署を確認。11月末にはかんぽあての文書を送付。保険契約の無効を求め、結論が出るまで保険料支払いを停止することも通告したはずだった。

 かんぽからは12月中旬に文書が届き、「審査にもうしばらく時間がかかる。今しばらくご猶予ください」と書かれてあった。同じころ、担当郵便局からは、保険料の支払いを催促する手紙が届いた。聖子さんが郵便局に電話し、かんぽが無効とするかどうかの審査中だと訴えたが、郵便局側は「このままだと契約が失効する。追納か解約かしないと失効する」などと言ってきた。聖子さんが「審議に時間がかかっているのはそちらの都合なので、確認してほしい」と粘ると、数日してから「審議中で途中解約も追納もできないことがわかった。結果が出るまで待つ」と態度を翻してきたという。

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かんぽ生命本社

被害者が粘らないと「問題なし」

 繰り返しになるが、こうした出来事は、郵政グループが昨年7月末に謝罪し、不正に関する本格調査を表明したあとに起きている。

 昨夏以降、かんぽが集中的な調査の対象としたのは、保険料の二重払いや無保険状態など、客観的にみて不利益が立証しやすい「特定事案」に絞られた。郵便局員の虚偽の説明や家族をあえて同席させなかった疑いについては、郵便局員が否認するケースが多く、まともな調査が行われているとは言い難い。

 しかし昨年来、報じられてきた不正事例の多くは、そもそも特定事案には含まれないものが中心で、不正な保険営業は特定事案以外でも横行していた疑いが強い。

 そうした指摘も踏まえ、かんぽは特定事案調査とは別に、「全件調査」も手がけている。全契約者に返信はがきを送り、顧客に不満や苦情を自主的に申告させ、その中から問題事例を抽出して調べるものだ。

 ただ、聖子さんが当初そうだったように、仕事や介護、日常生活に追われるのはめずらしくなく、おかしいという思いや疑念を抱えていても声を上げられない人は少なくない。しかも、不正が疑われても、おそるおそる電話をかけた契約者に「サインがあるから問題ない」とはねつけることがある。おとなしい客には「問題なし」「契約はお客様の意向」と片付け、しぶとく粘る客にだけ、やむなく対応するなど、問題発覚前と同様の姿勢が、その後も続いているのではないか。

NHKにはクレーム、顧客は無視

 聖子さんの訴えがはねつけられた昨秋、郵政グループが国会で何を訴えていたかも触れておきたい。

 周知のとおり、郵便局員の保険営業で不正が横行していた実態は18年春、NHK番組「クローズアップ現代+(クロ現)」によってスポットライトを当てられていた。ところが、同年夏に続編を放送しようとした同番組に郵政グループは執拗な抗議を繰り返し、放送は2度にわたって「見送り」。とくに18年10月の2度目の「放送見送り」については、理由がよくわかっていない。

 郵政グループによる一連の抗議は、18年秋からNHKの最高意思決定機関である経営委員会を巻き込み、同年11月初めにNHK会長の詫び状を出させる形で決着した。高齢者の資産をむしり取るような不正営業は、その間にも漫然と続けられていた。

 抗議を主導し、「郵政のドン」とも称された元総務次官の鈴木康雄・日本郵政上級副社長(今年1月5日付で退任)は、経営委にクレームを入れるほど立腹した理由について、国会で次のように説明していた。

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〝郵政のドン〟鈴木康雄氏

 郵政3社長名でNHK会長あてに「文書」で抗議を行ったのだから、電話や言葉ではなく文書で返し、番組責任者などではなく会長が自ら文書を返すのが当然。それにもかかわらず、2カ月以上も返事がなかったので、経営委に申し入れを行った。

 大臣の文書が発出されたら、受けた役所は大臣文書で返す。そんな元役人ならではの発想を引きずっているのだろう。だが、鈴木氏らが国会で「NHK会長が2カ月も返事しないのはけしからん」とまくし立てていた間、郵政グループが1契約者の家族である聖子さんに対し、どのような態度を取っていたか。彼らの「顧客本位」という言葉がうわべだけなのは明らかだろう。

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source : 文藝春秋 2020年3月号

genre : ニュース 企業