「ギリシア人は神殿を建てるが、ローマ人は上下水道の完備のほうを優先する」とギリシア人自身が書いている。それゆえ古代のローマ人は、300年もの間、疫病に襲われなかった。キーワードは「清潔」だ。
イタリアには2つの感染経路が
戒厳令ならば大雪か雲が厚くたれこめているかでないと似合わないのに、ローマでは雲ひとつない快晴がつづいている。しかも気温は、まだ3月も終っていないのに完全に春。窓の下の桃も、花は散ってしまった。それでいて、外出は厳禁。この現状は、わずか1カ月の間の変化なのである。前号でコロナウイルスをとりあげたときは、まだイタリアでは流行現象にはなっていなかったのだから。
塩野氏
イタリアへの感染経路は、どうやら2つであったらしい。
第1は、中国資本を導入したドイツの会社に派遣されてきた中国人を通して。
第2は、中小企業の誰かが、ビジネス関係にある中国から持ち帰ったのが、知らぬまに広がっていたという説。
いずれもビジネスがらみだが、ドイツと北イタリアは部品生産などで関係が深く、それ以外でも中国市場の魅力に駆られて、イタリアの中国頼みの傾向は強まる一方であったときに起ったのが、コロナウイルス騒動だった。イタリアの中でも北イタリアが直撃を受けたのは、この理由による。
また、日本よりは段ちがいに観光立国のイタリアなので、観光関連がモロに打撃を受けたのも当然の話。
というわけで、いまだ流行はコントロール下にあるというローマでも、外出は全面的に禁止になった。それでも外に出たい人は、警官に待ったをかけられるのは覚悟しなければならない。そして、あらかじめ用意された書類に必要事項を書き、署名することを強いられる。
外出禁止下のローマ
まず、氏名に生年月日に住所とアイデンティティカードの番号。死亡者のほとんどは70歳以上ということで、ここですでに私などは危険対象。
これに加えて、外出の理由も尋問される。4つに分れていて、第1は仕事のため。この仕事というのも軍隊とか警察とか病院とかで、「文藝春秋」に書くため、ではNO。
第2の理由は生活必需品の購入だが、個人商店は閉鎖が多く、結局はスーパーに行くしかない。ところが私の住んでいる都心では、スーパーの数からして少ないから行列になる。そのうえ感染防止策ということで行列も、1メートル以上離れてと決められている。もちろん、中に入れる人数も厳しく制限される。それで、1時間以上待つのもザラ、というのが現状。
理由の第3には「健康」とあるが、その内容は老いた父や母の介護。離れて住む息子はこれを利用して、週に2度牛乳を買ってきてくれる。1時間も行列に並ぶ私ではないことがわかっているので。
理由の最後が面白くて、自分の家にもどる途中、とある。これを利用して私も、2週間ぶりに外に出てみた。
無人のローマの街の美しさを、久しぶりに満喫する。ローマっ子も観光客もいないローマは、ローマ本来の風格を誰にも邪魔されずに、堂々たる姿を現わしていたのだ。イタリア人が作ったという、笑い話を思い出した。
「神さま、こうもイタリアを自然でも文化でも美しくしてあげて、他の国に比べて不公平ではないんですか」
神さまは平然と答える。
「大丈夫、イタリア人を入れておいたから」
とは言っても、コロナウイルスで苦しんでいるのはイタリア人である。そのイタリアに、疫病封鎖成功ということか、中国からの医療関係者たちが、指導の名目で訪れた。そして、ロンバルディア地方全体を武漢のように完全封鎖するべきだ、と忠告したのである。
これをテレビで知った私は、思わず言っていた。ちょっと待ってよ、と。ロンバルディア地方の州都はミラノで、ミラノの重要度は武漢の比ではない。日本ならば、大阪と名古屋を一緒にしたくらい。疫病の封殺では留まらず、経済の封殺になってしまう。
だが、イタリアのどこよりも感染者数も死亡者数も多く出している現場の人たちは、目先のことしか考えられないのかもしれない。ただし、今日のところでは、これが完全に現実になるかまでははっきりしていないのだが。
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source : 文藝春秋 2020年5月号