カブで全市町村走破

巻頭随筆

仁科 勝介 在倉敷市・写真館勤務
ライフ

「誰にでもふるさとはある」そういう思いで旅をしてきた。だから昨今お笑い界を席巻した漫才コンビ、ぺこぱさんがM-1決勝で「間違いは故郷(ヒュルさと)だ! 誰にでもある!」とのセリフで日本列島の笑いをかっさらった瞬間、嬉しくて心の中でガッツポーズをした。

 2018年から中断を挟み2年間、ホンダの大衆バイク「カブ」で、日本全国に1741あるすべての市町村を巡り、一つ一つを写真に収め、自作サイト「ふるさとの手帖」を更新していった。

 そして旅は、2020年1月に終わった。それと同時にサイトは“逆引き辞典”のように、「好きな市町村を調べると写真が出てくる」という夢のシステムとして機能するようになった。ただ想像を超える反響でアクセス数が急増し、サーバーはダウンしてしまった。

 狼狽えていたその当日、見ず知らずの人がTwitterのDMでサイト復旧を翌朝5時までひたすら手伝ってくれた。まさに「恩人」であるが、誰かは今も分からない。

 全国1741のすべての市町村を巡ることは、不可能というより、イメージ自体ができなかった。大学を4年時に休学する間、9カ月間で1000の市町村を巡ることが当初の目標だった。全市町村の6割弱だが、それでも「1日あたり4つ」というペースが必要だ。だから、旅の準備には2年かけ、効率の良いルートも研究に研究を重ねた。

 そしていよいよ念願叶い、出発。「これから人生の大勝負だ!」と大いに意気込んだものの、いきなりスタート直後にコケてしまった。旅の初日に、カブのタイヤが砂利でスリップして転倒してしまったのだ。右膝に全治3カ月の怪我。2年かけて思い描いてきた“青写真”は、化学反応を起こす前にむなしく“露光失敗”となった。

 だが、一度棄権をしても、スタートからやり直す権利は誰にでもある。私は怪我の治療をしながら細々と旅を続けることにした。割り切ってしまえば気持ちは意外と楽になる。気づけば「初日に大怪我をした旅人」の話は、津々浦々どこへ行っても、最高の笑い話のタネとなった。

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source : 文藝春秋 2020年5月号

genre : ライフ