民主主義と透明感

巻頭随筆

エンタメ 国際 読書

 3月の第1週までは毎週旅に出る生活を送っていた。3月8日にニューヨークからベルリンの自宅に戻った時トランプ大統領はまだ、「アメリカにはコロナ危機は訪れない」と断言していた。ベルリンではそのあと2週間くらいの間にどんどん規制が決まって、あっという間にシャットダウンに至った。わたしは今年の3月23日が60歳の誕生日だったので、ベルリンの鮨レストランを貸し切りにして祝うつもりでいた。3月10日頃にはまだ「ドイツ人には納豆巻きは無理かもしれないのでその分サーモンをふやして」などと呑気にビュッフェの内容を相談していた。3月13日についにパーティは諦めてキャンセル、3月23日にはすでにベルリン中のレストランが閉まっていた。あの頃は誰もが不安を抱えて最新ニュースばかりチェックしていた。

 そんな時にメルケル首相がテレビに出て人間的な演説をしてみんなの不安を減少させた。この人はいい加減なことは言わない人で自然科学を重視しているという印象と、この人は子供を守ろうとするお母さんライオンのように強い人だという印象がミックスされて、みんなの信頼を一瞬にして得た。「戦争と同じで緊急事態だから国民は政府の指示に黙って従え」と命ずるのではなく、「社会の弱者を守るためにみんなで力を合わせましょう」という強くて暖かい呼びかけだった。

 メルケル首相は危機に直面した時に人間らしい顔を見せる人だ。2011年の福島原発事故が起こった時、彼女はすぐにドイツの脱原発を宣言して国民の大きな支持を得たが、あの時と今と少し似ている。2015年に大量の難民をすべて受け入れようと発言した時も彼女の人間的な顔は見えたが、それによって支持者を失い、受け入れに制限が設けられた。つまり彼女が独裁的に自分の意見を通しているわけではないが、首相が何を考えているのかと国民がそれをどれだけ支持しているのかが常に透けて見えるこの透明感がいいなとわたしは思う。政府が何をしようとしているのかがよく見えなかったり、国民の過半数の考えていることが政治に全く反映されないのでは、民主主義が機能しているとは言えない。

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source : 文藝春秋 2020年7月号

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