故郷の仲間たちと『かなたのひと』という記録文芸誌をつくりはじめて2年目になる。いずれ田んぼの畦道とか梢の陰に隠れてしまうであろう山の者たちの泣き笑いの声を、紙の上(いずれ電子版も)に残しておきたいと思ったのだ。
九州山地の中央部、宮崎県高千穂町の仕事場に、4人の編集部は校了期に集まって作業をする。みんな仕事をかかえているし、素人だし、発行は年1回とゆるくしている。
今年3月末の発行で、やっと2号目なのである。去年の創刊号は初版1000部が数カ月で完売した。すぐに1000部増刷して、残部もあとわずか。今号は初版1500部と強気なように見えるけれど、1年かけて売ればよいとのんびり構えている。
各号でお願いした執筆者のほとんどは、地元で暮らす人たちだ。創刊号の書き手は専業農家のあるじや主婦、若手の役場職員、山の麓に暮らす米寿の爺様、福岡から嫁と一緒にIターンしてきたラーメン店主などなど。今号も職業、年齢、経歴、多種多様で、A5判164ページに12篇を並べている。初稿を預かる私には、手つかずの原生林で熊や鳥やキノコにひょっこり出会うような歓びと驚きが1篇ごとにあった。夜神楽の晩に生まれたことが寂しい棘のように心から抜けなかった51歳女性の「私が生まれた日」、熊探しに福岡からやって来ていまでは町づくりのリーダーになっている45歳男性の「移住者卒業」、鉱毒事件の里に生まれ豊かな自然のなかで150頭の牛を養う28歳女性の「家族」……。
とくに今号には、2018年に起きた一家殺害事件の取材記録を地元紙の記者にお願いした。だれもが忘れようとしてきた陰惨な事件であったし、記者本人も現場近隣の集落に知り合いが多いので、胸を掻きむしられる思いで書いたようだった。
デザイン、写真撮影、広告制作は全部自分たちでやっている。広告も地元から集め、制作費の半分を支えてもらっている。
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source : 文藝春秋 2020年6月号