ゲーム・チェンジャー

巻頭随筆

鈴木 沓子 ライター・翻訳者
エンタメ アート

 ストリートアーティストなのに、ストリートに出られない――。

 新型コロナウイルスの影響で多くの事業が深刻な打撃を受けているが、覆面アーティストのバンクシーも例外ではない。バスキアやキース・ヘリングのようにストリート発のアーティストは多いが、バンクシーは世界的に有名になった今も、美術館から距離を置き、ストリートで活動することを信条としてきたからだ。なぜストリートなのか。以前インタビューした時、その答えは明瞭だった。「ホームレスから金持ちまで誰もが無料で作品を鑑賞できる。住民が気に入れば作品は残るし、ダメなら上描きされたり清掃される。もっとも民主主義的なアートだよ」

 もちろん、ロックダウンも顧みず、路上で活動するアーティストは存在する。しかし、ひとたび作品を発表すればファンや報道機関が現場に殺到してしまうバンクシーになると事情が異なる。コロナ感染による死者数が欧州最悪となったイギリスで、もし市民を外出させるような軽率な行動に出れば、もはや殺人やテロ行為と言っても過言ではない。

 4月には、外出制限を律儀に守る一方で、そのフラストレーションを吐露するように、ドブネズミがバスルームで大暴れする壁画写真と共に自宅を初公開した。「家で仕事をしたら妻が嫌がる」という自虐的なキャプションには苦笑したが、バンクシーがかつてない危機に直面していることは伝わってきた。アイデンティティ・クライシスである。

 そのバンクシーが再び新作を公開した。サウサンプトン総合病院に一枚の絵画を寄贈したのだ。題名は『ゲーム・チェンジャー』。「革新的な人」そして「試合の流れを一気に変えたプレーや選手」の意味もある。秋まで院内で展示後、オークションに出品、収益金はNHS(国民保健サービス)に全額寄付するという。

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source : 文藝春秋 2020年7月号

genre : エンタメ アート