阿川氏
大宅壮一文庫というものを、一般の方々はどれほど認識しているだろうか。メディアで仕事をする者にとってなくてはならぬ存在であるけれど、たとえば普通の大学生が「よし、大宅文庫に行って調べものをしよう」と発想することはまずあるまい。わからないことがあれば即座にスマホを持ち出し何でも解明できる時代である。ネット情報がどれほど当てになるかは別として、とりあえずの知識と情報は手軽に入手できるのだ。
そういう時代であることを批判するつもりはない。それどころか、私も仕事プライベートにかかわらず、ネット情報に依存する日々である。
冷蔵庫に茄子が残っている。さて、この茄子で何を作ろうか。そう思うとすぐにスマホを手に取る。「茄子」と入力すればただちに「茄子レシピ」がこれでもかと思うほど出てくる。いちいち料理本をめくる必要はない。本屋や国会図書館に走る労力も省ける。なんと便利なことでしょう。ま、茄子のレシピを求めて国会図書館に行くことはないと思うけれど。
大宅壮一文庫は昭和46年(1971)、前年に亡くなった大宅壮一氏の膨大なる雑誌蔵書と、氏が編み出した「大宅式分類法」という独特の資料検索システムを、広く世の中の人々にも利用してもらいたいという主旨により、東京世田谷の八幡山に設立された。
その後しばらくは利用者数の少ない時代が続き、静々と運営していたのだが、1974年に立花隆氏が、「大宅文庫なしには『田中角栄研究』をはじめとする私の幾つかの仕事はほとんど不可能だったろう」と発言したことでたちまち注目を浴びるようになる。新聞雑誌業界のみならず放送界からも閲覧の希望が殺到し、とうとうファクシミリ資料送信サービスを開始するに至る。
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source : 文藝春秋 2020年11月号