いったん閣内に入った軍人が現役大統領を批判するべきではないと公言してきた、ジェームズ・マティス前国防長官。だが、ついに堪忍袋の緒が切れた。「彼がいなくても、われわれは団結することができる」。マティス氏のこの声明文が全米の「反トランプ」運動を加速させた。その全文をここに掲載する。
堪忍袋の緒が切れた
トランプ政権下で2018年まで国防長官を務めたジェームズ・マティス氏(69)が6月3日、「アトランティック」誌に声明文「アメリカは団結することでその力を発揮できる」を寄稿した。抗議デモへの弾圧を非難したこの声明は、米国内で大きな話題となり、反トランプの動きを加速させた。
5月25日、中西部ミネソタ州ミネアポリスで黒人男性、ジョージ・フロイドさん(46)が白人警官に殺害されて以来、全米各地で人種差別に反対する猛烈な抗議デモが沸き起こった。その勢いはホワイトハウスがあるワシントンDCにまで広がり、トランプ大統領はツイッターに「略奪が起きれば発砲が始まる」と書き込んで、けん制した。
この言葉は、60年代に黒人による公民権運動から発生した抗議デモを抑え込むため、南部の市警本部長が使った差別的な言葉として知られるものだった。
その後、抗議デモが広がると、ワシントンDCはじめ複数の州では州兵が動員され、大統領は一時、ホワイトハウスの地下壕に避難することを余儀なくされた。大統領が地下壕に避難したのは、2001年に同時多発テロが起こった「9・11」以来のことだった。
地下壕に避難したことが報道されると、トランプ大統領は激怒した。
汚名を返上するため、大統領は6月1日、ホワイトハウスで演説し、自らを「法と秩序」を厳守する大統領だとし、もし各州の知事が抗議デモに弱腰の態度をとり続けるなら、「軍隊を派遣して、抗議デモを迅速に解決する」と語った。
この演説後、トランプ大統領は、抗議に集まった人々を警官隊に排除させたうえで、軍の高官などを引き連れてホワイトハウス近くのラファイエット広場にあるセント・ジョンズ聖公会教会まで歩いた。そこで聖書を掲げ、マスコミに写真を撮らせたのだ。
全国紙のUSAトゥデイ紙は、「最悪の写真撮影」と呼んだ。
「最悪の記念撮影」と批判された
マティス氏はこうした大統領の振る舞いに堪忍袋の緒が切れ、声明文を発表した。
以下がその全文である。
*
「アメリカは、団結することでその力を発揮できる」ジェームズ・マティス
マティス氏
私は、今週繰り広げられた出来事を、怒りと驚きをもって見てきました。米連邦最高裁判所の切妻屋根の下には、「法の下の平等な正義」という言葉が刻まれています。これこそ、抗議デモの参加者が求めているものです。それは健全で、皆が求める要求であり、全員が支持することができるものです。
法律を破る行為をしている少数の人たちに気を逸らされてはなりません。抗議デモに参加している人々は、われわれの価値観、つまり、人としての価値観と、共同体として堅持するべき価値観に従った何十万人もの良心的な人々です。
50年ほど前、軍に入隊した時、私は合衆国憲法を支持し、守ることを宣誓しました。同じ宣誓をした兵士たちが、憲法で守られた市民の権利を侵害することを命じられたり、ましてや、軍の幹部と並んで立つ最高司令官(トランプ大統領)の異様な写真撮影のために駆り出されたりすることは、どんな状況下にあってもありえないことであり、夢にさえ思いませんでした。
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source : 文藝春秋 2020年8月号