新型コロナウイルスの感染拡大で、最も大きな打撃を受けている業界の1つが航空業界だ。国際航空運送協会(IATA)は、今年、世界の航空業界の売上の50%にあたる約44兆9000億円が目減りする見通しを発表した。ANA、JALの7月の運航計画では、国際線の9割、国内線の5割程度を運休にする予定だ。
2015年、経営破綻したスカイマークに手を差し伸べた投資ファンド、インテグラル代表取締役パートナーで、スカイマーク再建の立役者でもある佐山展生会長(66)は、この危機をどう見ているのか。
ゴールデンウィークに搭乗者数が96%減
〈大変な時ですが乗ってくれてありがとう〉
3月4日、新千歳空港発―茨城行・790便の乗客に向け、弊社の従業員がこんなメッセージボードを掲げて手を振る写真が、ツイッターで話題になりました。
実は、こういった形でお客さまにメッセージを送る取り組みは初めてではありません。5年前にスカイマークが経営破綻した頃から全空港でやっています。あの頃は、従業員の誰もが2次破綻の可能性があると思っていました。会社が存続の危機に瀕している時に、従業員たちが自主的に、利用してくださるお客さまへの感謝を伝えようと始めたのです。
冒頭のメッセージボードは、新型コロナウイルスの影響で、じわじわとお客様が減り始めた2月末に発案されたものでした。従業員たち自身も、この先どうなるのかわからない不安を抱えながら、自分たちができることを懸命に考えて実行してくれたことを頼もしく思いました。
「スカイマークはコロナにまけない」。今、私は全社員に向けてこのスローガンを掲げ、激励しています。
佐山会長
2月に、記者から「仮に全便欠航になったらどうしますか」と聞かれた時は、正直なところ「そんなことがあるはずない」と思っていました。しかしコロナの感染拡大に伴って状況は刻々と変わり、一時は全便欠航が現実味を帯びるほど厳しい状況に陥りました。
2月の搭乗者数は約59万人、3月は約41万人。この時点で「エーッ」と思っていたら、緊急事態宣言を受けてさらに下がり、4月は9万1000人、5月は3万5000人と急激に減少しました。ひと月の搭乗者数としては以前なら信じられない数字です。
通常は1日に150〜160便運航し、2万人以上に利用いただいています。ところが、ゴールデンウィークのある日は22便しか飛ばせず、利用者は500人台でした。利用が90%以上消えてしまったのです。普段なら書き入れ時のゴールデンウィークは、96%減にまで落ち込みました。
初めて胃が痛くなった交渉
私は、2015年に経営破綻したスカイマークに投資した後、会長に就任しました。大学卒業後に帝人に入社、その後三井銀行(現・三井住友銀行)を経てユニゾン・キャピタル、GCAの代表取締役などを歴任しましたが、事業会社の経営はこれが初めてです。
投資家としては、これまでに厳しい交渉を何度も経験してきました。2006年の阪神・阪急の合併の際は、阪急側のアドバイザーとして携わり、当時、阪神株式を大量取得した村上ファンドとの交渉役を務めたこともあります。メディアから様々に取り上げられ、非常時における、ある種の耐性が出来たところはあると思います。
ですから、5年前のスカイマークへの投資の際の交渉も何とか乗り切ることができました。あの時は、インテグラルから90億円出資することになったものの、出資者たちの考え方の違いから1週間後にも2次破綻しかねない状況になりましたから、社員たちが将来に不安を感じていることはよく伝わってきましたし、私自身、苦しい思いをしました。それこそ初めて胃が痛くなったし、寝てもすぐに目が覚めました。今は業界全体が苦しいですが、あの時苦しかったのは我々だけ。自分の交渉次第で会社の命運を左右してしまうプレッシャーを強く感じていました。それを乗り越えての今日なので、当時と比べれば乗り越えないといけないレベルです。
毎月巨額の固定費が出ていく
航空業界のコスト構造は非常にシンプルです。売上高を100とすると、コストが90、利益は10。この90のコストのうち、3分の2にあたる60が固定費、残り30が変動費です。固定費は、飛行機のリース代や賃料、人件費などで、このコストは運休・減便をしても減りません。一方の変動費は、燃料代、空港着陸料などで、こちらは運休・減便で減らすことができます。
飛行機が飛ばなければ売上は激減し、固定費だけが出ていきます。仮に100あった売上が50になったとしましょう。変動費の半分の15と固定費の60はかかりますから、毎月25の赤字が出る。売上の回復が見込めない期間が長引けば、そのぶんダメージは大きくなります。
全便欠航して収入がゼロになると、60のコストの固定費が丸々出ていきます。金額にすると毎月約30億円余り。我々は少ないほうで、ANAやJALともなれば、月に約1000億円程度になるかもしれません。この資金は手持ちの預金から、それが足りなければ銀行の融資枠から出すほかありません。
不幸中の幸いは、スカイマークは飛行機をリース契約しているため、その分固定費が高くなるものの、借り入れがなく、キャッシュに比較的余裕があったことでした。大手の航空会社は、飛行機を購入するのが一般的ですから、借り入れをしている企業が多い。一概にリースが良いとは言えませんが、借り入れをしている企業は、すぐに銀行に掛け合い、新たな融資契約をしたはずです。我々は、今のところ新規の契約はせずに済んでいるものの、4月の追加借り入れ分も含めた300億円を新たな融資に切り替えるべく銀行と話をしています。未使用融資枠の増額や借り換えで乗り切れたら……というのがいま考えている最良のシナリオです。
2月時点で、スカイマークは預金が約160億円。これに加えて銀行からの融資枠が200億円でしたから、もし全便欠航して何も手を打たなければ、6カ月余りで尽きてしまう状況でした。もちろん、そうならないよう、事前に策を講じますが。
世界でも、国の支援や多額の融資がなければ倒産する航空会社が相次いでいます。ドイツのルフトハンザ航空やタイ航空、オーストラリアのカンタス航空など国を代表する企業も安泰ではありません。その危機感から、私は早くから「航空業界に公的支援が必要だ」と訴えてきました。支援を急がないと危ない、しんどい業界であるというのを、国民の皆さんにも理解していただきたかったからです。
ANAとJALの統合は?
逆風にさらされたANAとJALをはじめ、航空各社が政府や金融機関に資金支援を要請している。
要請額は日本政策投資銀行からの融資や税の猶予、減免などを含めて約2兆5000億円に上る。航空会社によりその金額は異なるが、ANAは支援総額の半分以上にあたる約1兆3000億円、JALは約6000億円を要請したとされる。
国の支援には、大きく分けて2つあります。1つは国が決めている空港や関連施設の使用料や賃料、税金などの減免。これは国内の航空会社すべてが対象で、実現していただきつつあります。もう1つは、政府や政策投資銀行からの出資や融資です。この交渉は各社ごとに行われているので、どういう話に落ち着くのか私にはわかりませんが、2社にとっていい形にまとまることを願っています。
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source : 文藝春秋 2020年8月号