帰るとこがない

巻頭随筆

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 早稲田大学で300人規模の大教室を2つ、40〜50人の演習を2つ教えている。3年契約なので2年やってヤレヤレあと1年と思っていたら、今期中はオンラインになった。それであたふたしているが、結論から言おう。ものすごくおもしろいのである。

 私はZoomのリアルタイムでやっている。小規模教室では、顔も見え、発言もできるミーティングという機能を使うが、大教室では、視聴者の姿は見えないウェビナーという機能を使う。チャットやQ&Aを使うと学生は信じられない早さで反応してくる。一人一人が今まで以上にすぐそこにいるように感じる。ゲストは遠くからテレポートするみたいに来てくれる。学生たちも私も日本中からテレポートして集まっている。

 大教室の一つは「文学とジェンダー」。前期までは授業の終わりに小さな紙を配り、セクシュアリティやジェンダー、親との関わり、就活の苦しみなど、悩みや意見を書いてもらって次の週に私が匿名にして読み上げる。そういう仕組みだった。今は学生が手で書き込むかわりにシステムの課題欄にタイプする。それを読むのが以前より時間がかかる。手書きじゃない分、意見がまとまって出てくる。

 学生は基本的に匿名である。人に言えないような個人的な経験や悩みをみんなで共有するからだ。私は、人に対する非難や悪意ある言葉は不用意に外に出したくなかった。それでチャットではなく、開示が管理できるQ&Aに発言を集めていたのだが、そのうちいわゆる「荒らし」のような発言が出てきた。

 今どきのSNSのやり方らしく、微妙に論点をずらして、主題からかけ離れた感情的な質問をしかけてくる。匿名だから、暗闇から攻撃されるような唐突感がある。私は誠実に答えようとするのだが、こっちの意見は全然聞かない。思春期のごちゃごちゃを相手にしてるようだった。

 発言はエスカレートし、センセイの意見に反対したら成績が悪くなるのかなどという、私の存在を踏みにじるような言葉まで出てきて、私はイヤフォンを投げ捨てて帰りたくなったが、自分の家の自分の部屋でやってるから帰るとこがない。それでまたイヤフォンをつけ直した。暴言は止まない。わかっている、私は大人げが無いのだ。とうとう声をあげて叱りつけた。

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source : 文藝春秋 2020年8月号

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