家にFAXというものがない。十何年前、物書きになろうと決めたとき、家にFAXだけは入れないと誓った。
物書きは、文字のやりとりをして暮らしている。当惑されることもたまにあったが、「なんでもいいので画像データで送って下さい」と言い続けて今に至る。さすがにこの頃、FAXはないんですか、と驚かれることはなくなった。
もっとも、取材の電話がかかってくることはいまだにあるし、原稿の依頼状が封書で届くこともないではない。全部電子メールにして欲しい。電話ははなから出る気がない。封書はまずなくしてしまうし、なによりも検索できないのが困る。差し迫っているはずの締め切りの日時を求めて時間を費やすなど無駄の極みではないか。
この手のいわゆるテクノロジーは、老舗において置き換わりが遅い。官公庁などはもしかしていまだに「電子メールの開通式」とかをやっているかもしれない。
先日、某大手新聞社の科学部の方とやりとりをしていたところ、PDFを開いたことがないと言われた。
PDFとはなにかというと、ファイル形式の名前である。紙面のデータなどを送るのによく使われる。実際この原稿もPDFでやりとりした。
ここで気になるのは、科学部の記者の方がPDFコワイとか言っていていいのかという話であって、それで最新の科学記事を担当していて大丈夫なのかということである。
PDFは確かに便利な規格なのだが、正直あまり扱いたくない。見かけを重視するという成立の経緯もあって、画像データと文字データがきちんと分離していないのだ。自分が今デビューするとなったら、PDFのファイルは受け取らない、という願掛けをしたかもしれない。
といった話は折に触れ、あちらこちらでぼやいている。こんな体たらくで日本の働き方改革はよいのであろうか。
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source : 文藝春秋 2020年8月号