この夏の盆前に高瀬川に落ちて肋骨を折った。
高瀬川は京都の繁華街を流れる水深20センチほどの浅い川。宵の口から高瀬川のすぐそばの「喜幸」という店で飲ませてもらってから木屋町のブラッスリーで飲んだあと団栗橋近くの高瀬川の橋の欄干に腰掛けて電話をしていて笑って後ろにそってしまい欄干から落ちて肋骨を折った。
しばらく動けなかったので高瀬川の水が顔に当たり続けていたが、俺は何かを懸命に考えていてなぜかわからないけれど動く気になれなかった。高瀬川がもう少し深ければ溺れていたかもしれない。
肋骨が痛くて身体を使う仕事がろくに出来なくなって仕事仲間にたくさん負担をかけた。特に盆明けに新しく開店する焼肉店の準備がピークにさしかかっていたので仲間達から「なにをしてはりますの、ほんまに」とブツブツ言われた。
嫁さんからは例によってビシッと怒られた。服も髪の毛もベチョベチョで家に帰ると、「ほんであんた自分の歳を言うてみ、いくつなん」「61歳です」「61歳の人がすることかこれが、どうなん」「これは俺の血のせいです」「ほな、その血とやらにいうとき、もうさせんといてくださいと念おしとき」という嫁さん得意の攻めで俺を猛省させてくれた。
錦市場の漬物店や裏寺や先斗町などで店をやらせてもらっているのでこの春からのコロナ禍は経済的にもココロ的にも大変きつかったし今もそれは続く中で、新しく店をやるのには流れがあった。
大好きな裏寺の同じ町内で60年以上営業されてきた「三吉」という焼肉店が今年の2月に閉店された時、その隣の九龍城のような飲食会館(しのぶ会館)の家主に「三吉さんのあとに小ぎれいな店が出来たらかなんからバッキーさんが借りてほしい」と頼まれた。
こんな時代になんで俺がと思いながらもその夜、家主と2人で裏寺辺りの酒場を転々と飲み続け、「誰がための百練」とか「裏寺ジャンクション」、「傷んだ店のバラード」とか「白めしに咲いた焼肉の花」という新しい歌の作詞をしていたということはその段階でその店をやることになっていたのだろう。
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source : 文藝春秋 2020年11月号