ボクが初めて「スヰートポーヅ」の餃子定食を食べたのは、1977年、19歳の時だ。神保町の美学校で、赤瀬川原平さんの教室に通っていた。昼間の実技と夜の講義の間に、1時間休憩があり、その間、受講生は好きに夕食を食べに出る。
高校を卒業して初めて、知らない街で、ひとり飯。右も左も分からない。ところが神保町には、安くておいしい飲食店がたくさんあった。ラーメン、カレー、定食。みな個人店。勇気を出して入ったら、同じように一人で食べている人がたくさんいる。みな一人で黙々と、しかしおいしそうに食べている。「こういう世界、こういう楽しみがあったのか!」と驚いた。大人になった気持ちもした。
ボクのマンガ「孤独のグルメ」の原点は、確実にこの神保町外食体験だ。
「スヰートポーヅ」も、そうやって感激して、通うようになった一軒だ。
見たこともない、ヒダのない長方形の餃子。ラー油じゃなくて、一味唐辛子。かなり煮込まれた味噌汁は、だが、この定食になくてはならない。そして「こんなに少なくしなくてもいいじゃないか!」といつも思う極少量のお新香。これがうまいから悩ましい。
そして、ごはんと餃子がアツアツでない、というところが常識破りだった。わざと少し置いてから出してるとしか思えないのだが、この温度がバツグンで、バクバクいける。この体験から「アツアツのご飯」と「キンキンに冷えたビール」盲信は愚かだ、と思うようになった。食べ物にはそれぞれ適温がある。
「スヰートポーヅ」では絶対「中皿定食」だった。最初に、普通の定食を食べて、餃子が足りなくて後悔して以降、一貫してこれ。だが、50歳半ば、久しぶりに訪れた店で、当然のように「中皿定食」を頼んだら、最後お腹が少し苦しくなった。ショック。肉体の老いを、大好きなものから告げられた。
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source : 文藝春秋 2020年8月号