軍人は互いをかばいあう高級官僚にほかならない
大和ミュージアム(呉市)館長の戸髙一成氏と、昨年話題を呼んだベストセラー『独ソ戦』の著者である大木毅氏による対談本である。
昭和50年代から60年代にかけて、旧軍人――将官、佐官クラスだった人たちがまだ存命だった――からじかに話を聞いた経験を持つ2人が、帝国軍人とはいったい何だったのかを、具体的なエピソードや史料をもとに縦横に語る。
日本海軍史研究家であり、海軍反省会(元大佐、中佐クラスの人物が中心となり、敗戦に至った経緯や問題点などを研究した会合)にも関わった戸髙氏が多くの旧軍人から話を聞いていることはよく知られている。だがドイツ現代史が専門で、1961年生まれである大木氏が、これほど多くの旧軍人に接し、証言を直接聞いていることは意外だった。氏は20代の頃『歴史と人物』(中央公論社)の編集に携わっていたそうで、その当時、戸髙氏とも交流があったという。
へえ、そんなことがあったのか、と思った話を上げるときりがない。
松井石根(いわね)の「陣中日記」の翻刻に、1000か所以上の改ざんがあったことを突き止めた舞台裏や、零戦のエースだった角田(つのだ)和男が、戦後に防衛研究所で自分が書いた戦闘詳報を見たら誰かが手を入れて内容が違っていた話。戦史研究者が集まり、戸髙・大木氏も加わって、海軍大学校のルールそのままにハワイ・ミッドウェイの図上演習を行ってわかったこと等々。
現在の日本の状況と突き合わせてなるほどと思ったのは、軍とは官僚組織であり、作戦指導の中心となった軍人たちは高級官僚だったという指摘だ。人間関係によって方針が決まり、互いの経歴に傷がつかないようにかばいあう。たとえば日本の海軍はしばしば一つの作戦に対して目的を2つ設定したという。「難しい本当の命令の他に、易しい命令がくっつく。それは、どれか一つがうまくいけば、全体がうまくいったことになるからです」(戸髙氏)
軍人とはいかなるものか、戦後の日本人は、学校でも社会でも教えられることがなかった。軍人像との出会いは多くが小説や漫画、映画であり、主人公はほとんどが前線で戦った将兵である。戦いの現場には物語化しやすいドラマがあるからだ。
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source : 文藝春秋 2020年10月号