秋田大学が8月28日に発表したアンケート調査報告「全国緊急事態宣言による自粛が及ぼす大学生のこころとからだへの影響」によれば、回答者のなんと1割以上に中等度以上のうつ症状が見られたという。次世代の日本社会を担う学生たちの心身に今、何が起きているのか。調査を主導した同大学大学院医学系研究科衛生学・公衆衛生学講座教授の野村恭子氏が、学生たちの置かれた厳しい状況を伝える。
<この記事のポイント>
●「人工的ひきこもり」の結果、うつが簡単に作られてしまった
●運動習慣と相談できる人の存在は、うつの、リスクを下げる要因になる
●環境が原因で発症した心因性のうつはほとんど必ず治る
かなり深刻な数字
「寂しくて寂しくて、仕方がないです」「大声で叫びたくなることもあります」
これは、ゴールデンウイーク中に、私のゼミに所属するある学生から発せられた言葉です。
今ふり返れば、彼らの寂しさがピークに達したのはこの頃でした。一人暮らしの学生たちの多くは、実家に帰省できず、外出自粛期間で友だちに満足に会うこともできなかった。アルバイトも制限され、金銭的に困窮している学生もいました。
特に辛い思いをしたのは、1年生たちです。秋田大学は、他の多くの大学と同じく入学式が中止され、学生らは9月まで一度も大学に通えませんでした。県外出身の1年生の中には、身寄りのいない土地で、誰とも触れることなく1日の大半を家の中で過ごした人も少なくありません。彼らは、外出自粛によって、いわば「人工的ひきこもり」を体験することになったのです。
新型コロナは、人から人へ簡単に感染する、それゆえに社会や人の繋がりを分断するウイルスです。学生たちがその影響を最も大きく受けた集団であることは間違いありません。
秋田大学で実施した調査では、重度を除く中等度のうつ症状がアンケート回答者の7.8%に見られました。この数字はかなり深刻です。
新型コロナが発見された武漢でも医療従事者1257人を対象に、私たちが用いたのと同じ評価指標による調査が1月下旬から2月初旬にかけて行われましたが、中等度のうつ症状が見られたのは回答者の8.6%でした。私たちが学生への調査で得たのと近い数字です。
うつ状態を調べるために用いたのはPHQ−9(Patient Health Questionnaire-9)と呼ばれる尺度です。「物事に対してほとんど興味がない、または楽しめない」「気分が落ち込む、憂うつになる、または絶望的な気持ちになる」「寝付きが悪い、途中で目がさめる、または逆に眠り過ぎる」など9つの質問に対して直近の1週間で「全くない」「数日」「半分以上」「ほとんど毎日」のどこに当てはまっているかを答えてもらい、その合計点でうつの症状を評価します。
アメリカ精神医学会が出している「DSM−5」の診断基準を元に作られたもので、医療現場でもしばしば用いられています。ただし実際のうつ病の診断には医師の面談が必須です。今回のアンケート調査の目的は、あくまで問題を抱える学生を早期に見つけ出す、つまりスクリーニングを行うことです。
※画像はイメージです ©iStock
大学生の心身は悪化している
思い出していただきたいのですが、当初、武漢では、新型コロナがまだどんな性質のウイルスなのかわからず、感染するとかなりの確率で死亡すると恐れられていました。そうした極限状況の中で患者の治療に当たっていたフロントラインワーカーの人たちに迫る、1割近くの学生が中等度のうつの症状を呈していたのです。人工的なひきこもりの結果、うつが簡単に作られてしまった。学生たちの心身の状態が悪化しているだろうとある程度は予想していたものの、これほど深刻だとは思いませんでした。
調査は5月20日から6月16日にかけて、秋田大学の全学部の学生、大学院生の5111人を対象に、学内イントラネットで行いました。有効回答数は2712。回収率53%ですが、この種の調査では十分高い数字と言ってよいでしょう。
大学生の1割がうつ状態にあったという数字は、秋田大学の学生に特殊なものではなく、十分に一般化できると思います。
日本の大学生の心に何が起こっているのか。私は心配しています。
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source : 文藝春秋 2020年11月号