このまま経営が圧迫されれば、医療崩壊は避けられない。日本病院会会長が指摘する日本の医療体制の問題点とは
<この記事のポイント>
●コロナ禍で全国の病院は苦しい状況に置かれている。このままでは倒産病院が相次ぐおそれがある
●政府には手厚い支援をいただいたが、中には無策に思える支援策もある。その一つが「病床を確保した医療機関への補助金」
●菅首相には病院再編のための省庁横断のコントロールタワーを設置してほしい
相沢氏
医療を提供できなくなる
コロナ禍以降、全国の病院はボクシングでいえばノックアウト寸前の状態が続いています。緊急事態宣言が出された頃はまさに「カウント9」。第2波も収束に向かいつつあり、最悪の状況は脱しつつありますが、まだまだグロッキーであることに変わりはありません。
そもそも、2012年度から3回連続で診療報酬(本体)が引き下げられたこともあり、コロナ以前から病院の経営は極めて厳しかった。2018年度から2019年度にかけて2期連続で赤字となった病院は4分の1を占め、医療機関の倒産はここ10年で最多となりました。追い打ちをかけるようにコロナというパンチが飛んできたのです。
日本病院会を含む病院3団体が全国1400余りの病院から回答を得た調査では、4月から6月にかけて全体の6割以上が赤字になったことがわかりました。なかでもコロナ患者を受け入れたところは8割超が赤字。いま、7月から9月の数字を取りまとめているところですが、速報値を見る限り、まだまだ赤字は続いています。
病院の場合、一般の企業とは違い、経費節減やリストラなどのコスト削減は簡単ではありません。コロナ患者を受け入れるために新たな医療機器の設置やマスク・防護服の購入なども必要ですし、受け入れのためには人件費もかかります。
東京女子医科大学がボーナスの支払いを一時見送ったことで大きな波紋を広げましたが、先ほどの調査でも夏のボーナスを減額した病院が4分の1を超えました。私の元にも、「こんなに一生懸命やっているのに、なんで収入が減るんだ。会長、なんとかしてください」と悲鳴のような声が寄せられています。7月には岡山県の医療機関が全国で初めて「コロナ倒産」をしたと報じられました。冬にものすごい第3波がやってくれば、倒産が相次ぎ、本当に治療を必要とする患者さんに医療を提供できなくなる恐れがあります。
現在の苦境は、コロナによる患者減少が直接的な要因ですが、コロナ禍を機にこれまで見過ごされてきた病院の問題点が浮き彫りになったともいえます。医療界はベールをぐるぐる巻きにして、あえて外部から見えづらくしてきたところがある。医療の未来を考えれば、誰かがメスを入れなければなりません。
日本病院会は全国の3分の1に当たる2500の病院が加盟する国内最大の病院団体である。2017年に会長に就任した相澤氏は、長野県松本市にある相澤病院の理事長も務める。理事長就任時、相澤病院は倒産の危機に瀕していたが、24時間365日の救急患者受け入れなど、徹底した経営改革を断行して黒字化を実現。「病院の改革者」としても知られる。未曾有の危機に直面した病院をどう改革していくのか。
3カ月で3億5000万円の赤字
患者さんが減ったのは、いくつかの要因があります。手洗いやうがい、マスクの着用を徹底することで、腸炎や肺炎などコロナ以外の感染症が減少しましたし、外出を控えるようになったことで交通事故や学校の部活動での怪我、仕事現場での労災なども減りました。また、院内感染を避けるために定期検査など不急の患者さんが通院しなくなったことも影響しています。
相澤病院には松本医療圏の7割の手術を要する外傷患者が集まってきますが、4月は交通事故で搬送される患者さんが激減するなど、手術が極めて少ない状況でした。利益率の高い健診や人間ドックの患者さんも激減し、4月からの3カ月間だけで3億5000万円もの赤字を出してしまった。すぐに経営が傾くわけではありませんが、短期間でこの赤字は痛い。今後、ボディブローのようにダメージが効いてくるでしょう。
全国的にみても、新規の入院患者さんが大きく落ち込み、5月は前年と比べて3割近く減りました。外来よりも入院患者さんの方が病院の利益は大きいですから、これは極めて深刻です。
なかでも大きな打撃を受けたのが小児科です。4月には、下痢や嘔吐を伴うウイルス性腸炎や、急性気管支炎などの緊急入院者数が7割以上も減りました。主に子供がかかる病気は、幼稚園や小学校が主な感染源ですから、一斉休校が影響しています。学校が再開されてからも、感染症の予防が徹底されていますから、今後も患者数が増えるとは思えません。もともとこうした患者さんは、わざわざ大学病院や、ベッドが1000床もあるような大病院には行きません。そのため、主に中小規模の病院がコロナの影響をもろに受けているのです。
日本は公立病院の数が少なく、自ら資金調達をしなければならない民間の医療法人が69%にのぼります。1000床以上の大病院もあれば、地域に根ざした小さなところもありますが、大小さまざまな病院が協力し合うことで日本の地域医療は守られている。もちろん、医療に携わる者として病気や怪我が減ることは喜ばしいことですが、このまま経営が圧迫され続ければ、たちまち地域医療は崩壊してしまいます。
無策に思える支援も
政府からは診療報酬の上乗せや補助金など、手厚い支援をいただきましたが、今後は一層の工夫が必要になると思っています。こんなことを言うと怒られてしまうかもしれませんが、なかには無策に思えてしまう支援策もある。
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source : 文藝春秋 2020年11月号