この物語はラグビーで高校生たちの人生を変えた1人の教師の記録である
2026年5月29日のよく晴れた朝、山口良治(よしはる)が人生に幕を下ろした。83歳であった。
1970年代に、荒れていた京都の伏見工業高校へ赴任し、ラグビー日本一に導いた山口は日本社会における教師像のアイコンとなった。不良青年たちとの体当たりの絆がテレビドラマ「スクール☆ウォーズ」のモデルになり、「熱血教師」「泣き虫先生」として、世に知られた。
荒木邦彦は恩師の訃報を遠く離れたタイで知った。おそらく各地から自分のような教え子が山口の弔問に駆けつけるだろうと想像できた。だが、荒木は帰国しなかった。心の中で合掌すると仕事へ向かった。製造ライン設備を設計製作する中小企業の代表として、約40人の社員とその家族の生活を預かっている。何より、人生を歩む上で、他ならぬ山口の教えが胸にあった。
過去を振り返るな。前に進め――。

◇
また新しい教師がきた。京都市東山区の月輪中学校3年の荒木は教室の後ろに立っているジャージ姿の人物を冷やかに見た。
1973年、月輪中学は荒れていることで有名だった。学校側は教育委員会から腕っぷしの強そうな人物を呼んできては授業を見張らせるようになっていた。荒木を含めた「素行に問題あり」とされる生徒を監視するためだというのは明らかだった。ただ、当時の荒木に怖いものはなかった。中学入学時にすでに175センチの身長があり、運動神経も度胸も人並み以上だという自負があった。
放課後、校舎裏でタバコを吸っていると、授業中に見かけたジャージ姿の男が向こうから歩いてきた。さりげなくタバコを持った手をポケットに隠すと、やけに胸板の厚いその人物はすれ違いざま、ポケットの上から荒木の手をぎゅっと握った。自分の手でタバコを消す格好となり、火の熱さに思わず声を上げた。
「お前、大きな身体をしてるな。一緒にラグビーをやらないか」
男は言った。野球部だった荒木がラグビーなどやらないと撥ねつけると、ある提案をしてきた。
「今から俺と三つの勝負をしよう。お前が一つでも勝ったら、これは見逃してやる。その代わり、一つも勝てなかったらラグビーをやるぞ」
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source : 文藝春秋 2026年8月号

