スマートワーキングと呼ぼうが何と言おうが、作家の仕事はもともとからして一人でやるので、コロナ騒ぎは関係ないはずなのである。書き終った原稿を送れば本になるだけならば、地球の裏側に居ようとできる。ところが私には、出版社側から見れば相当に不都合なクセがあるのだ。
それは、本文だけではなく地図や写真を加えることで初めて「作品」になると考えていることで、だから、原稿を書きあげればそれで終りにはならず、表紙から始まってすべてに私が口を出すことになる。私が読者に与えたいのは、知識だけでなく、その時代を感じとってくれること、にあるのだから。そのための本造りに、これまでも年に2カ月、日本に帰っていたのだった。
それが今年は帰国できない。2週間ずつ出発を延ばしながら状況の好転を待ったのだが、ヨーロッパは第2波の到来とかで断念するしかなくなった。結局、全4巻すべての本造りまで、リモートワークでするしかなくなったのである。本文はすでに出来あがっているのだから、残るは各巻の巻頭に載せるカラーページ。とはいえ、書物全体を「オペラ」と考えれば、その「序曲」になるのがカラーページ。
まずは私が願い出る。今度の全4巻は、小説仕立てにはなっていてもテーマは絵画が主流のイタリア・ルネサンスだから、美しいカラーのページを数多く載せるのは絶対に必要です。これに出版社側は返してくる。わが社の文庫は安価が特色なので、と。
こう告げられて私は、コロナで価値観が変りつつある今何を言っているのかと腹が立ったが、リモートで仕事する利点は怒りを静める時間ならばあることだ。それで、安価も単なる習慣にすぎなかったのでは、とおだやかに言い返す。その結果、内心はどうであったかは知らないが、出版社側も、20ページに該当するカラーページは認めてくれたのだった。
ここから実際の本造りが始まる。直接に作業を担当する編集者と装幀者が熱心に協力してくれるようになったのは嬉しかったが、私のほうも歩み寄りはしたのである。値段を抑えるためと文庫版ゆえの造本上の問題も考慮して、カラーは表面だけでなく裏面でも使うとしたこと。また、観音開きという手があるのに気づいたこと。この方法を使うと、与えるインパクトが断じてちがってくる。
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source : 文藝春秋 2020年12月号