日本の田舎を見たいと息子に言われて、それならまずは東北に行こうと決めたのは私だが、外国人だからといって名所観光にだけ興味があるわけではない。震災の一年後かに訪れて呆然とした被災地の七年後の復興状況を見たいという私に息子も賛成して、一週間の東北旅行が実現した。
それが釜石から始まったのには、ちょっとした理由がある。
以前にこのコラムで書いたのだ。津波対策としては大規模堤防を連ねるだけでなく、襲いかかってくる海水を逃がすことでその力を減らす策も考えてはどうかと。要は全身で立ち向うのではなく、さらりとかわすやり方ですね。
これは「海の都」の名で知られたイタリアのヴェネツィアで、千五百年も昔から行われてきたやり方である。地中海では津波は起らないが、海の上に建てられた町だから、自然にまかせていては町中が水びたしになる。それで数多くの運河を通すことによって、海水の力をかわすことにしたのだった。つまり、川から流れこむ水と海の満ち干による力を相殺するということ。なのに近年になるやしばしば浸水状態が起るのは、鉄道を通し運河の多くも埋め立てるという「近代化」のせいである。それ以前にヴェネツィアを訪れたゲーテやスタンダールに、町中の浸水を記した文章はない。
それで釜石だが、このようなことを述べた私の一文が眼に止まったようなのだ。津波を逃がすことも考えての来年に開催するラグビーの世界選手権のためのスタジアムを建設中だから見に来ませんか、という話がきたのだった。というわけで、われわれの東北旅行は釜石からスタートしたのである。
釜石と聞けば私でも、製鉄とラグビーを連想する。だから新日鉄住金釜石製鉄所の人に案内されるのも、ごく自然な感じになった。私が望んだのはまず海に連れて行ってもらうこと。あの日津波は、市内を流れる川を逆流してその周辺一帯に大被害をもたらしたのである。
海を背にして眺めると、釜石側の考えがよくわかる。ラグビー場は川の右岸に建設中。左岸は公園にするつもりらしいが、私だったら小型でも野球場にするだろう。観客席から海が眺められるなんて、古代のギリシアの野外劇場のようでステキ。
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source : 文藝春秋 2019年1月号