昨年の全米オープン、今年の全豪オープンで優勝し、向かうところ敵なしの快進撃を続ける大坂なおみ。そんな彼女を陰で支えているのが、フィジカルトレーナーの中村豊氏だ。
中村氏は長くアメリカを拠点に活動し、かつてはマリア・シャラポワの専属トレーナーとして、彼女を生涯グランドスラム(四大大会すべてに優勝すること)達成に導いたという経歴を持つ。
昨年、コロナ禍のなか“チームなおみ”に加わった理由から、大坂なおみという選手の類い希な身体能力、そしてグランドスラム達成の可能性まで、余すところなく語ってもらった。
大坂なおみのフィジカルトレーナー
昨年の5月、なおみのマネージャーから「新しいトレーナーを探している」という連絡をもらったとき、稲妻が走るような感覚がありました。「そうか、これが次に自分がやるべきことなんだ!」と思ったんです。それぐらい大坂なおみという選手の存在感は、僕のなかで大きなものでした。
大坂なおみと中村氏(左)
僕はもともとアメリカにテニス留学し、その後、現地の大学で運動生理学を学んでトレーナーになりました。ジェニファー・カプリアティや錦織圭のトレーナーを務め、IMGアカデミー(フロリダにある総合的なスポーツトレーニング施設)のトレーニングディレクターなどを経て、2011年から18年まではマリア・シャラポワの専属トレーナーとして一緒にツアーを回りました。
マリアとの仕事ではさまざまな経験をさせてもらいました。彼女が12年に全仏オープンで優勝し、生涯グランドスラムを達成したときの感動はいまでも忘れられません。テニス選手としても、世界的なアイコンとしても、マリアは別格の存在でした。彼女のような選手はもう出てこないだろう――やりきった思いとともにツアーを離れ、僕は古巣のIMGアカデミーに戻りました。そして、ストレングス&コンディショニング・ヘッドコーチとして、後進の育成をすることになったのです。
シャラポワ選手
家族と過ごす時間が増え、仕事にも手応えを感じ始めた矢先、新型コロナウイルスのパンデミックが起きました。スポーツ界も大きな影響を受けました。試合はなくなり、トレーニングも思うようにできない。社会のあり方も、生活様式も変わり、家に籠もって今後の生き方について考えることが増えました。まさにそんなとき、なおみからのオファーがあったのです。
運命的なものを感じながらも、IMGの仕事がありましたし、ツアーに同行すれば年間200日以上は家をあけることになりますから、家族と相談する必要もあります。最初の電話では、「数日、考えさせてほしい」と即答は避けましたが、心のなかでは答えはほぼ決まっていました。
引き受けようと思った理由のひとつは、なおみがプレイヤーとして無限の可能性を持った存在に見えたことです。もしかしたらシャラポワ以上にインパクトのある存在になれるかもしれない――そう思わせる何かがありました。
もうひとつ、彼女が日本人選手であることも大きかった。僕は長くアメリカを拠点に活動してきましたが、今でもパスポートは日本の真っ赤なものですし、日本人としてのプライドもあります。もちろん、選手を国籍や人種で見ることはありませんが、自分が培ってきたノウハウを日本人選手のために使いたいという気持ちがあったのも確か。その願いを叶えるまたとないチャンスだと思えたのです。
6月、僕はなおみの家があるロサンゼルスへ飛び、正式に専属トレーナーの契約を結びました。
昨年の全米で優勝
「もっとグランドスラムを」
僕が大坂なおみという選手を強く意識するようになったきっかけは、18年3月のBNPパリバ・オープンの1回戦、マリア・シャラポワとの試合でした。僕は当時マリア陣営にいたわけですが、なおみのプレーを見て驚きました。関係者からいい選手が出てきたという話は聞いていましたが、ここまでの選手とは思いませんでした。
野球のピッチャーのような腕の振りから生み出されるサービスは、ときに時速190キロを超え、とりたいときにエースをとれる威力がある。さらに印象的だったのは、前後左右に走らされたときの切り返しの鋭さです。身長は180センチと高いほうなのですが、かなり筋肉があるので俊敏に動くことができる。そして、追い込まれた体勢からでも、体の軸がぶれずに思い切ったショットを打ってきます。「すごいな」と率直に思いました。
マリアが本調子ではなかったこともありますが、結果はなおみのストレート勝ち。勢いに乗った彼女は、そのままツアー初優勝を遂げました。そして、その年の9月には、セリーナ・ウィリアムズを決勝で下して全米オープンを制覇し、初のグランドスラムタイトルを手にします。翌年には全豪オープンで優勝。世界ランキングも1位となり、一気に女子テニス界の頂点に駆け上がりました。
ただ、急激な変化に彼女の心が追いつかなかったのか、その後しばらく思うような結果が出せなくなりました。昨年、コロナ禍でツアーがストップしたとき、ランキングは10位にまで落ちていたのです。
トレーナーを引き受けるにあたっては、彼女とじっくり話し合う時間を持ちました。現状については、彼女自身ふがいなく思っていて、テニス界での自分のポジションにも満足していませんでした。「もっともっとグランドスラムのタイトルを獲りたい」。それが彼女の望みでした。
なおみレベルの選手になれば、生半可な成績では本人もまわりも納得しません。グランドスラムをどれだけ獲れるかが課題になってきます。まずはそのことを再確認し、ゴール設定を明確にしました。
190キロを超えるサービス
なおみの「追い込む力」
いまテニス界のトップ選手は、コーチに加えて、トレーナーも専属で雇い、チームでツアーを回ることが増えています。“チームなおみ”には、コーチであるウィム・フィセッテさんを筆頭に、フィジカルの強化を僕が担当、さらに体のケアをするトレーナーとして茂木奈津子さんもツアーに同行しています。
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source : 文藝春秋 2021年6月号