四十にして惑う

巻頭随筆

中村 文則 小説家
エンタメ 読書

 メンタルが不調である。

 随分昔、来日したUFO(ロックバンド)の復活ライブを観にいった時のことを、最近よく思い出す。そこでギタリストのマイケル・シェンカーが演奏中に突然ギターを叩き壊し、そのままステージを降りライブが中止になった事件があった(騒然とする会場でチケット払い戻しのアナウンスがされたが、福島から東京に来ていた当時大学生だった僕は、交通費は? と愕然とした)。あの時のマイケル・シェンカーの年齢が、ちょうど今の僕の歳(43)になる。

 なぜ彼が突然ギターを叩き壊し全てを放棄したのかわからないが、何か精神的なトラブルに違いない。孔子は「四十にして惑わず」と言ったが現実は逆で、40代の中盤は、どうもメンタルが惑うのではないか、と非科学的なことを疑っている。

 作家の三島由紀夫が亡くなったのは45歳の時で、去年が没後50年だった。自衛隊の駐屯地で国を憂う右派的な演説をし、切腹した最後は壮絶だったが、政治的な行動は側面で、根底には彼の性と美への希求があり、さらに自身を悩ませた虚無があったのではと僕は思っている。

 その死の前、三島は自衛隊の訓練に参加し戦闘機F104の後部座席に乗せてもらっているのだが、彼はその時のことを「F104、この銀いろの鋭利な男根は、勃起の角度で大空をつきやぶる」と書いている。あの美文を誇った三島にしては、なんという駄文だろうか(発表時、これまた43歳)。でもこの年齢に追いつくと、なぜ三島がそんな駄文を書いたかわかる気がする。自棄というか、美文より即物的な文を、何かを破壊するように書きたい衝動に囚われたのではないかと思う。

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source : 文藝春秋 2021年9月号

genre : エンタメ 読書