今、建築ができること

巻頭随筆

安藤 忠雄 建築家
ニュース 社会 アート

 建築家というと、芸術家のように思われることがあるが、建築といってもあくまで社会的な経済行為だ。つくり手がいかに創意を燃やそうとも、それを開花させる機会がなければ、何も生まれない。その意味では、土地と資金を準備してそれをつくらせるクライアントこそが、建築創造の根幹ともいえる。実際、突き抜けた建築が生まれる背景には、突き抜けたクライアントがいるものだ。例えば、40年前に芦屋の奥池につくったコシノ・ヒロコさんの自邸。先日、彼女の個展に招かれたので「そのまま100歳まで頑張れ!」とメッセージを先に送ると「この手紙を会場に展示したいが、100歳じゃ足りない。110歳に書き直して!」と返された。齢80を過ぎてなお、青春を生きている。そんな彼女だからこそ「ただ光だけ考え抜いたコンクリートの家」などという思い切った設計が出来た。

 クライアントとしての構想力、そのスケールの大きさということなら、「直島」の福武總一郎さんがいる。「直島を世界一の文化の島にしたい」という彼に誘われ、船で現地に渡ったのが1988年。過疎で荒んだ島の現実を前に「こんな所に美術館なんて!」と私は怯んだが、「経済は文化のしもべ」と言い切る福武さんは揺るがない。その熱量に引きずられて参加を決め、以来今日まで、島内に9つの建築を設計している。この間、福武さんは「直島でしか得られない体験」をテーマに、試行錯誤を重ねながら粘り強く前進を続け、気が付けば直島は「アートの聖地」に。人口3000人の島に、年間70万の観光客が訪れるようになった。

 特筆すべきは、その夢の広がりが、ついには地元島民をも巻き込んだという事実だ。きっかけは、島の古い民家をアートに取り込んだ「家プロジェクト」。それまでどちらかというと排外的だった島民が、アートへの関心と同時に故郷への誇りを取り戻し、民宿や喫茶店など、新たな仕事を始め出した。暖簾をくぐると、島のおじちゃん、おばちゃんが忙しく立ち働き、若者が目を輝かせて島の明日を語る。もう、過疎と高齢化に苦しむ島の面影はない。

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source : 文藝春秋 2021年9月号

genre : ニュース 社会 アート