カンヌ国際映画祭には3年ぶりの参加でしたが、パンデミックの最中でも、熱気は以前とさほど変わりませんでした。コンペティション部門で、私の作品が上映されたときは、客席はほぼ満席で歓声が湧き、日本人の私の感覚からすると、少し怖く思えるほどでした。
村上春樹さんの原作を映画化した『ドライブ・マイ・カー』が私にとっては2度目のカンヌ映画祭、コンペティションへの出品でした。結果として、東京藝術大学大学院で私の先生だった黒沢清監督が受賞されて以来、20年ぶりの国際映画批評家連盟賞など独立賞3賞をいただきました。そして、脚本賞を日本映画では初めて獲得しました。こうした評価は光栄なことです。
カンヌなどの大きな映画祭に出品すると「日本映画界代表」のように言われることもありますが、私としては、違和感があります。
パルム・ドールと呼ばれるカンヌの最高賞は、かつて黒澤明監督や衣笠貞之助監督が獲っています。カンヌのみならず、ヴェネツィア国際映画祭でも溝口健二監督の作品が高く評価されていました。そのような日本映画の黄金期と今とでは、日本映画を取り巻く環境は大きく変わっていますし、映画祭の意味も違います。日本人が最も映画を観ていたのは1958年で、年間約11億人の観客動員数を誇っていました。映画はすべてフィルムで撮影され、撮影所では集合知が蓄積され、「本当に今と同じ国か」と思えるほど、名作を量産できる豊穣な制作環境がありました。
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source : 文藝春秋 2021年9月号