介護のビーナス

巻頭随筆

坂上遼 探訪記者
ニュース 社会 働き方 ライフスタイル

 昨年7月、68歳にして介護施設で働き始めた。きっかけは94歳の母を亡くしたことだった。20年近く介護どころか孝行らしいことは何一つしてこなかった。「墓に布団は着せられぬ」の後悔から、3年喪に服したという斉の晏子に倣って、その期間くらいは続けてみようと思いたった。放送記者や大学教員、出版人の経験しかない老人が、過去の経歴を捨てて、徒手空拳で赤の他人の、それも一回り以上うえの「老老介護」のスタートだった。

 一口に介護と言っても365日気の休まることのない自宅介護から訪問介護、多岐に渡る施設での介護と難易度も大きく異なる。最初に働いたのは有料老人ホームで、無資格のまま見様見真似でやってみた。ところがなかなか上手くいかず、「介護職員初任者研修」という基礎知識と実技を学ぶ講座に通って資格を得た。

 今年2月からは、グループホーム(認知症の高齢者が専門スタッフの介助を受けながら、5人から9人のユニットで共同生活をする介護福祉施設)で週2回働いている。いずれも施設は充実、内部の生活環境も整備され、外形的にはパンフレットに出てくるような素晴らしさだ。仕事は、見守り、食事、入浴、排泄、服薬の介助、記録、それに付随した様々な作業で、その裾野は広く、奥は深い。私などは、まだまだ「新米」「未熟」の域を出ない。

 しかしグループホームで1番困惑したのは、人生で初めて出会った獰猛な「介護砦の三悪人」の女性たちだった。それは笑ってしまうような低俗で、児戯に似たいじめ、パワハラ、シカトの波状攻撃だった。「風呂場の流し場に髪の毛が残っていた」「衣類をネットに入れずに洗っていた」など。穏やかに指摘すれば、別段どうということもないのにガミガミ、ネチネチ、容赦ない。新参者は、皆同じ洗礼を受け、4ヶ月で5人が辞めて行った。他の施設の介護のベテランたちに聞くと、誰もが似たような経験があるという。

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source : 文藝春秋 2021年10月号

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