最近、ワシのことを書いた本(『お天道様は見てる 尾畠春夫のことば』白石あづさ著)が出たそうで、なんか照れるわぁ。ワシは、新聞は毎朝「大分合同新聞」を1時間半かけて隅から隅まで読むんやけど、本は時間ばっかり取られるんで、ほとんど読まんのです。でも、この本は信頼しとる白石の姐さんが、3年もかけて書いてくれたんで嬉しいですね。見たら、ワシの昔の話もいっぱい出てきます。
ワシは29の歳に地元の別府で魚屋を開業して、最初から65歳になったら閉めるって決めてたんで、ピタッと65歳の誕生日に閉店したんです。突然だったから、お客さんも驚いてね(笑)。そっから、夢だったボランティアをするようになったんです。ワシは自分の人生は自分で決めるし、他人に指図されるのはまっぴらごめんなんですわ。
若い頃は、魚屋になるために、別府、下関、神戸を渡り歩いて合計10年修業しました。覚えとるのは、神戸の魚屋に履歴書も保証人もなく一か八かで飛び込んだときですわ。勇気を出して、「ここで、働かせてください!」ちゅうて大声で頼んだら、大勢の従業員が一斉にこっちを見てね。奥から主人が出てきて「こっち来て、魚を捌いてみろ!」って言われたんです。要は試験ちゅうか、ワシの腕を試したんですね。
それでみんなを納得させるために、魚のなかでも1番難しい鱧の骨切りを披露することにしたんです。鱧はすごく骨が多いから、食べた時に小骨が引っ掛からないように、身の部分と一緒に小骨も細かく切らんといけんのです。でもそこが難しい。
生簀から上げたばかりの頭つきのまん丸一本の鱧を、背びれ、腹びれを取って、目串をガッと刺して固定して、腹を開いて腸を取って、片開きにして中の大骨を抜いて……。そうやってる間もみんながジッと見とったけど、ワシは全然、緊張なんかしません。
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source : 文藝春秋 2021年10月号