東大生よ、もっと対話せよ。創造は対話から生まれる
藤井氏
「多様性の海へ」
総長に就任して半年のこの10月、これからの東京大学の羅針盤となる基本方針「UTOKYO Compass」を発表しました。サブタイトルは「多様性の海へ:対話が創造する未来」。私の研究の舞台が海であることから、海をモチーフにした名称にしました。
この方針全体をつなぐ、最も大切なキーワードと考えているのが「対話」です。
人類は今、先の見通せないパンデミックに直面しており、気候変動への対応も喫緊の課題です。不公正や理不尽な格差の問題も浮き彫りになり、物質的豊かさを追い求めてきた、これまでのモデルでは立ち行かなくなっています。
そんな荒海のような現代にあって、本学の果たすべき役割は何か。それは世界の人々と対話し、難題を乗り越える手がかりをともに見出していくことではないだろうかと考えています。
東大生は、総じて優秀だと思いますが、ずっと大学に閉じこもって知識を身につけているだけでは、激動の社会を担う力はつきません。恵まれた環境にいる東大生も多く、同質性が高いとの指摘もあります。大学までは比較的良い環境で過ごせるとしても、社会に出ればどうなるかわかりません。いろんな困難を抱えている人と共に働き、問題解決に取り組むことにもなるでしょう。厳しい現実に直面した時、彼らが大学で学んだことだけで対応できるとは限りません。その対応力をつけるには、私は「学びと社会を結び直す」と言っていますが、学生が大学の外の人たちと対話し、大学で学んだ知識を実践する機会をできるだけ作ることが大事だと考えています。
そのような取り組みの一つとして本学で進めてきたのが、体験活動プログラムです。2012年の立ち上げ当初は、私も総長補佐として仕組み作りに参加しました。学部学生が国内外の様々な場所に滞在して活動するもので、たとえばニューヨークでは卒業生の皆さんがプログラムを企画・実施してくださっています。
さらに最近、異分野との対話として試みたのが、吉本興業さんとのコラボです。吉本興業と本学はSDGsに力を入れているという共通項があり、私が社会連携担当の理事・副学長だった頃に、「何か一緒にできるといいですね」というお話からコラボが実現しました。ある卒業生の方には、「自分たちの時代にはありえない」と驚かれました。
吉本と東大でコラボ動画
総長就任のタイミングと同時期に公開されたのが、お笑い芸人のジャルジャルさんと組んだ動画でした。東大を舞台にしたコントで、学生有志とともに開発したコロナ対策アプリを紹介してくれています。
このアプリは、キャンパス内でのコロナ陽性者との接触確認通知や、講義室などの利用予約、食堂・講義室などの混雑状況の確認ができます。ただせっかく優れたものであっても、プロモーションは本学の苦手分野でしたが、ジャルジャルさんのおかげで登録者数が急増しました。動画には学生も参加しています。
最近では、芸人さんと東大生とで漫才ワークショップも開催しました。吉本興業さんに限らず、これからは、学生や教職員が異なる分野の方々と対話し共に創造する機会を増やしていきます。そうやって社会の支持や信頼につなげていく。「対話から創造へ」の流れを作り出すことが私の大きな仕事だと考えています。
藤井氏は1964年生まれの57歳。88年に東大工学部船舶工学科を卒業後、大学院での研究生活、理化学研究所研究員を経て、東大生産技術研究所教授、同所長を務めた。理事・副学長から、今年4月、第31代総長に就任した。
私自身も本学出身で、研究者の道に進んだわけですが、決して「学業優秀」とか「順風満帆」だったわけではありません。
私が今の道に進んだ原点は、アポロ11号の月面着陸です。5歳だった私は映像を見ながら、「人間が作り出すテクノロジーで月まで行けるようになるんだ」と感激しました。父がエンジニアだったこともあり工学に興味を抱きましたが、調べるうちに、宇宙工学はすでにかなり進んでしまっているように思えました。
一方で、海のほうは「地球最後の秘境」とも言われるほど、手つかずのままで研究の余地がありました。それで漠然と「海の研究は面白そうだな」と考え始めたのです。泳ぐのが好きで、麻布中学・高校では水泳部に所属し、主将を務めたことも影響していると思います。
それと並行して中学から大学まで夢中だったのがバンド活動です。ロックやフュージョンの洋楽のコピーをしていました。私は主にギターの担当で、歌も歌いました。インストゥルメンタルよりも、皆でコーラスする曲が好きでしたね。
大学の成績は聞かないで
なかでも好きなバンドは、クイーンです。中学に上がる頃に初めて聴いて、大ファンになりました。3年前に大ヒットした映画『ボヘミアン・ラプソディ』も、3、4回は見ています。ライブシーンで歌うことができる応援上映にも足を運びました。他によくコピーしたのは「24丁目バンド」。こちらは80年前後に流行した、ニューヨークのフュージョン系バンドです。
ギターの腕前ですか? 自分ではわからないですが、シャネルズや尾崎豊など数多くのミュージシャンが輩出したライブハウス「新宿ルイード」のステージに立ったこともあります。一時は、音楽の道に入りたいと思ったこともありましたが、プロでやっていくのはさすがに厳しいと思いなおしました。
浪人して東大に入ったものの、音楽サークルは熱心にやっていましたし、「海洋研究会」というサークルに入ってスキューバダイビングにも夢中でした。離島に長期滞在して、ひたすら毎日潜っていたこともあります。そんな状況ですから大学の成績のことは聞かないでください(苦笑)。私自身の性格として、モチベーションがはっきりすると興味を持って取り組めるようになるので、1、2年生までの前期課程の成績は誇れたものではありませんでしたが、後期課程に入ってからはしっかりやっていたと思います。
私がなぜ「対話の重要性」を強調するのかというと、修士課程の時にこんなことがあったのも影響しているかもしれません。
深海を調べる海中ロボットの研究をしていた時のことです。従来の海中ロボットは、船や飛行機を造るのと同じようにモデルを作り、コストをかけて試験水槽でテストを重ねて精度を上げるものでした。東大にも試験水槽があるのですが、模型を引っ張って長時間かけて力学的な計測をします。ロボットがどういう姿勢だと、どういう力がかかるのかを見極めるため何度となく実験を繰り返し、理想的なモデルに近づけていくのです。ちょっとでも形を変えたら全部やり直し。お金も時間もかかるものでした。
このやり方では修士課程の2年間では終わらないと思い、うまい方法はないかと模索していた時に出会ったのが、当時工学部にいらした数理脳科学の甘利俊一先生の教科書『神経回路網の数理』でした。この本には、今でいうディープラーニングの基礎になるニューラルネットワークに関することが書かれています。
門外漢ながらこの教科書をめくってみると新たな発想が湧いてきました。もしロボットの脳のモデルを作ることができれば、ロボットを賢く泳げるように学習させることができるのではないか。そうすればお金と時間をかけて水槽を使ったテストをしなくてもいいのではないか、と。
指導教官の先生に「これ、面白そうだから一緒に読みましょう」と言って勉強を始めました。そこで得た知識を応用することで、ロボットがだんだん上手に泳げるようにコントロールする方法を開発することができ、無事に修士論文にまとめることができました。自分とは違う分野に接することで突破口が開け、創造につながる。身をもって実感した出来事でした。
対話から広がった研究領域
この時の経験がその後の人生でも役に立ちました。
海中ロボット研究で博士号を取ってすぐ、東大生産技術研究所にあった企業の寄付研究部門で客員助教授に採用されました。ここまでは順調だったのですが、ちょうどバブル崩壊の時期にあたったため、1年半ほどで部門が閉じられることになってしまったのです。
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source : 文藝春秋 2021年11月号