今から2年前、加藤秀俊さんは妻・隆江さんを喪った。朝食の準備を済ませ、部屋まで呼びに行くが返事がない。
〈あなたは目を見開き、口をあけたままうごかない。いつもなら握り返してくれるはずの手は冷たく、なんの手応えもなかった〉
原因は虚血性心不全。お互いに90歳を目前に控え、どこか覚悟はしていたが、その別れは突然のことだった。
戦後日本を代表する社会学の泰斗にして、『孤独な群衆』の翻訳や『メディアの発生』など数々の著書を世に出してきた加藤さん。小松左京らと、大阪万博のブレーンだったことでも知られる。
ただ、今回執筆したのは学術書でも、論文でもなく、亡き妻との人生を振り返り、哀惜の念を綴ったエッセイだ。
「65年連れ添った妻を喪って、最初の半年は本当につらかった。体重も10キロ減りました。ただ百箇日を過ぎた頃から、何か心の内側から湧いてくる衝動があって。この本を書くことは妻への供養であり、自分への慰めでもありました」
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source : 文藝春秋 2021年11月号