永六輔 孤塁を守る永六輔

野坂 昭如 作家

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テレビ草創期から放送作家として活躍し、自身も多くのテレビ、ラジオ番組に出演。作詞家、著述家としても大ヒットをとばした永六輔(えいろくすけ)(1933―2016)。学生時代から交友があり、クリエイター集団「冗談工房」をともに運営していた盟友、作家の野坂昭如(のさかあきゆき)さん(1930―2015)が論じた。

 

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 45年前、永六輔と新宿をほっつき歩いた。ジーンズの、裾折り返しておそろい、伊勢丹、三越をのぞき、駅前デパートは柄が悪い、またひっ返し、永は、母親の誕生日に贈る物を探す。売れっ子の放送作家、その日常はめまぐるしく、きらびやかで、おそろしく顔が広く、いろんな店を知っていた。日劇裏ミルクワンタン、虎ノ門近くの関西うどん、銀座のトンカツ屋「珍豚美人(チントンシャン)」、食いもの屋だけじゃない、ズック製だから安価に違いないが、洒落たバッグ、アメ横で見つけた色鮮やかなセーター、当時珍らしいGパンもそう、鼻がきき、抜道心得るはずなのに、母へのプレゼントとなって当惑、金はあるはず。ぼくならとっとと、老舗、名店でありきたりを買う、あるいは出たばかりのソニー、トランジスタラジオ。永が選んだのは、電池式ガス焜炉(コンロ)点火機だった、「これ、便利ですよね」。有限会社「冗談工房」の彼は社長、ぼくが専務、実務いっさいぼくが取仕切る。夜、酔張(よっぱ)らって事務所に居座るぼくをたずね、永が、ラジオコント、台本ギャラの前借りを申し込んだ。工房収入の大半は彼の才能に依るもの、小切手をきって渡した。当時、ギャランティすべて現金、六輔は小切手に馴染みがなかったらしく、考えこんでいる。横線ナシ、裏判押印、現金と同じと説明した。「そう、すいません。あの」永は、きっぱりした口調で、「父が自動車事故に遭って」とだけいい、小走りに去った。

稀代のヒットメーカー

 ふだん、はしゃいで何でも遊びにしてしまうかと思えば、作品について妥協いっさいせず、なにしろ若い、局側が姑息な手でごま化しにかかれば、本当に顔を真赤にさせ、怒り狂い、下りる。いっさい先きを配慮しない。人について好き嫌いがはっきりしていて、心を許した者なら、かりに非が明らかでも、徹底的にかばう。圭角の多い若者だった。

永六輔 ©文藝春秋

 ぼくは、彼の才能を身近かにし、到底、同じ縄張りで太刀打ちできる相手ではない。逃げ出した。だが、永六輔の生き方を観つづけるというより、否応なく視野に入ってくる、彼は常に電波媒体の中心にいた。作詞者として稀代のヒットメーカー、まつわる話題も豊富。ぼくは活字に移っていたが、どうにか世渡りでき始めた頃、永は、ラジオを除くマスコミと縁を切り、旅まわりに出た。旅先きでの見聞、道中記をラジオで聴き、その観察力と、以前とうって変った、その人づき合いにおける柔軟さに驚いた。やがて雑誌「話の特集」に「無名人語録」を連載。この短かい文章は、緑雨「おぼえ帳」荷風「日乗」の中、世間見聞に関する部分、柳田国男の「民俗」学に匹敵する。そして何より永六輔は、見事な自分なりの年輪を育てはぐくんだ。日本人の歳のとり方の典型を示した。その立場は世間一般と異なるにしろ、あるいは異なるからこそか、どんどん昔ながらの日本人になっていった。敗戦後、ぼくたちの、下は知らず、上も同世代も、年齢にふさわしい生き方について五里霧中、間誤(まご)ついている中で、永六輔ただ一人、これは旅によって培かわれたものだと考えるが、この島国に生きる者の、生きる上での理(ことわ)りを、身につけ、そのいちばん底には、あの、両親についての素直な思いがある。彼の非凡な才能、その具体的なあらわれについて、触れるまでもない。彼は、膨大なヒットソングの作詞著作権をすべて作曲者に帰属させている。所詮、作曲家あっての詞と彼はいうが、「上を向いて歩こう」が、「スキヤキソング」として、世界を席捲した際の、英語に訳された言葉に、正しく列島住人の分際を心得たのではないか。東は東、西は西の月次(つきな)みではなく、明らかな、日本人に対する軽侮そのものの英語の詞に、はっきり異を唱えるわけでも、反撥もしない。ニコニコ受け入れ、おもしろがって、客の前で披露もしてみせる。しかし敗戦時、11・2歳、疎開体験のある彼には、国家について、それなりの思いもあったのだろうが、国という仕組みを、永六輔はこの列島に住む人たちと、憑かれた如く逢い、しゃべることで、世界の中の日本について認識を得たように思える。外国、他人を知っているごく少数の一人。彼の高笑い、またこれだけは残る、何でも遊びにしてしまう明け暮れをみていれば、想像しにくいが、現代で、他人を知れば、孤独にならざるを得ない。彼のふるまいに、その抱く虚無感を推察することは、あるいは楽かもしれない、なにしろ「旅人」なのだから。だが彼は、自らの才能、このいかんともしがたい「罪」を意識し、償いのために、猛烈な奉仕を行い、その奉仕はしごく誠実で、身のほどを心得、あの、母の誕生日の、点火機の如く、きわめて現実的、時には、匿名での金寄進の形もとる。

野坂昭如 ©文藝春秋

 悟りすました手合いが、自らを所詮市井に生きる凡人などいう。永は違う、選ばれた者として、自らに、ロクスケ・オブリジュを課し、誠実に果しつづけている。鮮やかな日本人というなら、永六輔一人孤塁を守る、同時代に、こういう典型が存在して、ぼくは幸せに思う。

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source : 文藝春秋 2002年2月号

genre : エンタメ 芸能