多様な発展を遂げた観音像の歴史をたどる
時折、町の公共スペースで、平和を祈願した観音像を見かける。観音像は「仏像」であり、仏教における信仰の対象である。政教分離が進んだ戦後日本で、なぜ公的空間に観音像が作られたのか、長年疑問だった。また、各地に存在する巨大な観音像の存在も気になる。近現代日本において観音像とはいかなる存在なのか。
観音像の歴史は古い。観音は様々な経典で説かれてきたため、すべての宗派で信仰の対象とされてきた。様相が大きく変容するのは、近代に入ってからである。廃仏毀釈によって否定的な扱いを受けた仏教は、近代的な学問体系の中に自らを位置付けるべく、「哲学としての仏教学」の構築を目指した。民衆レベルで信仰されてきた場としての仏教は非科学的なものとして遠ざけられ、逆に仏像などを「美術品」として見るまなざしが導入された。
その過程で、新たな表現形態を得たのが観音像である。近代以降の観音像は、信仰の対象としてだけではなく、美術作品としてや、特定のメッセージを伴ったモニュメントとしても存在するようになった。
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source : 文藝春秋 2022年2月号