ワダエミ、新井満、古谷三敏、上村雅之、全斗煥

蓋棺録

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偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。

★ワダエミ

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 衣裳デザイナーのワダエミ(本名・和田恵美子)は、鋭い色彩感覚を駆使し、世界の映画に華やぎを与えた。

 1981(昭和56)年、黒澤明監督が『リア王』を元に映画を撮ると聞いたとき、「すぐに台本を手に入れ、室町時代の能衣裳を基本とする案を考えました」。そこで黒澤と直接交渉して採用を勝ち取る。この作品『乱』が公開されると、ワダの衣裳は高い評価を得て、86年、日本女性として初めてアカデミー賞衣裳デザイン賞を受賞した。

 37年、京都に生まれる。実家の野口家は曽祖父の茂平が、結核の薬で莫大な財を築き、祖父の代には貿易に進出した。ワダが生まれた邸宅は下鴨神社に隣接する2000坪の森の中にあったという。

 父は着道楽で、夏は白い麻のスーツを何着も用意し、娘にも、普段着を仕立屋に作らせ、外出着はジバンシィに特注するのを許した。同志社女子中学時代には、絵画に興味をもったので、父はアトリエを作らせ、若い画家を家庭教師に雇ってくれた。

 京都市立美術大学(現・京都市立芸術大学)に進むが、このころには女優に憧れるようになっていた。演劇人や演出家に接触しているうちに、当時、NHK大阪放送局にいた和田勉と出会う。和田はTVドラマの演出で頭角を現し、20歳代なのに錚々たる演劇人や作家と付き合っていた。「和田と結婚して、広い世界と繋がりができたのです」。

 夫の和田は自分が演出する詩劇『青い火』の衣裳を、結婚したばかりの妻に依頼し、ワダは初めて衣裳に取り組むことになる。「当時、衣裳デザインの分野は確立されていませんでしたが、創作する面白さに夢中になりました」。

 最初は多くなかったが、少しずつ演劇や映画での依頼が来るようになり、73年に公開されるアメリカのミュージカル映画『マルコ』の衣裳を引き受けて注目される。「実績がなくとも、デザインがよければチャンスを与えるやりかたに感銘を受けました」。

 アカデミー賞受賞以降は、海外での仕事が多くなる。93(平成5)年公開のロニー・ユー監督『キラーウルフ 白髪魔女伝』、97年のメーベル・チャン監督『宗家の三姉妹』、2002年のチャン・イーモウ監督『HERO』。もちろん、89年の勅使河原宏監督『利休』や99年の大島渚監督『御法度』でもワダの衣裳は輝いた。

 夫の和田は2011年に食道癌で亡くなるが、延命治療をいっさい行わず、亡くなる3日前にも一緒に寿司を食べている。「和田がいたから、どんな大監督でも気圧されなかった。あの人自身がすごくパワーのある人でしたから」。(2021年11月13日没、不明、84歳)

★新井満

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 作家で作曲家の新井満あらいまん(本名・みつる)は、広告代理店に勤めながら、歌手、カメラマン、作詞でも活躍した。

 2001(平成13)年、作者不詳とされていた英詩を訳して曲を作り、30枚私家版『千の風になって』として友人や希望者に配布した。2年後、朝日新聞の天声人語が取り上げて話題になり、ポニーキャニオンから発売される。さらにテノール歌手の秋川雅史が歌って大ヒットし、07年に新井は日本レコード大賞作曲賞を受賞した。

 1946(昭和21)年、新潟市に生まれる。4歳のとき父が亡くなり、母は助産婦を続け文具店を営んで子供たちを育てた。学用品を買いにくる少年少女が学校を卒業するときには、手作りの笹だんごを振舞ったという。

 新潟明訓高等学校から上智大学法学部に進学し、同大グリークラブで活躍するが、十二指腸潰瘍のため死にかける。この時の体験は後に小説『苺』に描かれた。卒業後、電通に入社して環境ビデオ製作に携わる。77年にカネボウのCMソング『ワインカラーのときめき』を歌い50万枚のヒットとなったが、後に「会社の業務命令でした」とコメントして話題になった。

 86年には小説『サンセット・ビーチ・ホテル』が芥川賞候補となり、2年後、『尋ね人の時間』で同賞を受賞した。性的不能に陥ったのに作品や夢の中では想像力が旺盛になるカメラマンが主人公で、この作品にふれながら「今は太陽ではなく月の季節」と語ったことがある。

『千の風になって』がレコード大賞作曲賞を受賞したときには、すでに36年勤めた電通を退職していた。小説や作曲に邁進すると期待した人もいたが、インタビューでは、60歳を過ぎたら「自分や家族以外の何かのために生きてもいいのではないか」と答えている。

 11年、東日本大震災が起こった年の秋、NHKの「ラジオ深夜便」で自作の詩「希望の木」を朗読し大きな反響を呼んだ。7万本あった陸前高田の松の木が、津波で1本になってしまった意味を問う詩だったが、売上の一部を復興応援金にあてる写真詩集『希望の木』として刊行した。

 年をとるにつれ、若い頃は「逃げ出したい」と思っていた故郷について語るようになる。特に母の笹だんごは自慢だった。20歳の頃、帰京する列車の中で笹だんごを勧めたところ、8個も食べた女性が妻になった逸話を繰り返し話した。(2021年12月3日没、誤嚥性肺炎、75歳)

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source : 文藝春秋 2022年2月号

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