中根千枝、古葉竹識、長谷川和夫、牧阿佐美、日比野弘

蓋棺録

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偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム

中根千枝なかねちえ

 社会人類学者の中根千枝は、多くの国でフィールド調査を行なった比較から、日本社会を「タテ社会」として論じ、論壇でも活躍した。

 1967(昭和42)年、『タテ社会の人間関係』を刊行する。当時は珍しい社会人類学による日本論で、ベストセラーになって十数か国語に翻訳された。その後も世代を超えて愛読され、すでに117万部に達している。

 26(大正15)年、東京に生まれる。父は弁護士だった。小学生のとき父が中国で仕事を始めたため、北京で少女時代をおくる。帰国後、女学校をへて津田塾専門学校(現・津田塾大)に入り、47年、女子学生がまだ希だった東京大学に進学した。

 大学院時代には日本各地で家族制度の調査に従事し、53年、単身インドのアッサム地方に入って、未開民族のフィールドワークを行う。そのなかには「首狩り族」もいて、57年、小誌に寄せた体験記「女ひとりジャングルをゆく」が評判になった。

 56年からロンドン大学に留学し、社会人類学者レイモンド・ファースの下で研究に従事。帰国後の64年、『中央公論』に寄稿した120枚余の「日本的社会構造の発見」が注目される。様々な社会の人間関係を比較して、日本社会は「ウチ」か「ヨソ」かで集団を作り、人間の結びつけ方が「タテ」か「ヨコ」かでは、日本は序列によるタテ関係が強いと論じた。

 この論文を元にした『タテ社会の人間関係』は、日本社会の特質を多くの例をあげて読者の興味をかきたてた。批判もあったが、その多くがタテを後進的と受け取ったもので、中根は日本の経済発展では「タテ社会の威力を発揮した」と反論した。

 しばしば「女性で第1号」と呼ばれた。58年に東大で初の女性講師、62年に東大で最初の女性助教授、70年に女性で1番目の東大教授、そして80年に東大東洋文化研究所で第1号の女性所長に就任した。「そのポストに就く年齢になっただけです」。

 さっぱりした性格で、新聞記者や編集者にも気さくに応じ敬愛された。しかし社会人類学を専攻した学生には厳しい叱咤が待っていた。研究発表では鋭い質問が飛び「もう1回やりなおし」と命じた。実はこの「もう1回」は見所があるときのもので、言われずに落胆した学生もいた。

 87年、東大を退官したが、その後も研究を続け後進の指導にあたる。2001(平成13)年に文化勲章受章。日本社会も変化したと指摘されたが、自分の理論の修正は必要ないと言い切った。「日本がタテ社会であるのは今も私の本が読まれていることからも分かります」。(10月12日没、老衰、94歳)

古葉竹識こばたけし

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 元広島東洋カープ監督の古葉竹識は、弱小チームといわれた広島にリーグ優勝4回、日本一を3回もたらし、日本の球団地図を塗り替えた。

 1975(昭和50)年、ジョン・ルーツ監督が5月に判定をめぐるトラブルで退団してしまい、コーチだった古葉が監督に就任。乱戦のなかの激しい首位争いを制し、広島を初めてリーグ優勝に導いた。「急だったので後悔しない采配を心がけました」。

 36年、熊本市に生まれる。家業は鋳物業。済々黌高校に入学し野球に夢中になるが、2年のとき父親が急死する。専修大学に進んだものの、中退しようと思っていたとき、ノンプロの日鉄二瀬の濃人渉監督(後にロッテ監督)が声をかけてくれた。

 日鉄二瀬で2年半ほどプレーした頃、プロの3球団から誘いがあり広島に入団する。63年に長嶋茂雄と首位打者争いをするなど活躍したが、同年デッドボールを受けた後に低迷した。南海ホークス(現・ソフトバンク)に移籍してからも鞭打ち症に悩み、71年に現役を引退している。「プロ野球は僕にとってハングリー・スポーツでした」。

 その後、南海でコーチを務め、74年に広島にコーチとして戻り、翌年5月に監督に就任した。この後チームは快進撃し、山本浩二と衣笠祥雄が打線を引っ張り、外木場義郎が円熟のピッチングで抑えリーグ優勝を遂げる。

 この年は日本シリーズで阪急ブレーブス(現・オリックス)に敗れたが、79年に近鉄バファローズ(現・オリックス)と第7戦にもつれこむ。最後にマウンドに上がったのは江夏豊で、後に「江夏の21球」と称賛された絶妙の投球で近鉄打線を封じ、広島は日本一の座につく。

 このとき江夏が投げている間、古葉は念のため他のピッチャーに準備をさせた。江夏には「俺を信用してない」との不信感が生まれ、翌年の開幕戦直前、監督室で不満をぶちまける。古葉は「準備させたことではなく、配慮しなかったことを謝る」と頭をさげたので、2人の関係はむしろ良好になったといわれる。

 以降、広島の黄金時代が続き80年と84年にも日本一になった。古葉のマネジメントはプロ野球を超えて、ビジネス界でも注目される。「私の采配は『耐えて勝つ』だと言われますが、実は『耐えて負けない』なんです」。

 84年に3回目の日本一を達成すると、翌年に広島を勇退する。87年に横浜大洋ホエールズ(現・DeNA)監督に就任し、2008(平成20)年からは、東京国際大学野球部の監督となった。「ここでは勝つことだけではなく、社会人としての姿勢を教えています」。(11月12日没、心不全、85歳)

長谷川和夫はせがわかずお

 認知症介護研究・研修東京センター名誉センター長の長谷川和夫は、認知症検査に使う「長谷川式簡易知能評価スケール」を開発した。

 2017(平成29)年、専門病院で診断を受けたところ、認知症と判明した。しかし、そのことを公表して認知症の理解を広める活動を始める。19年の『ボクはやっと認知症のことがわかった』はベストセラーとなった。

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source : 文藝春秋 2022年1月号

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