原発マネーと共産党 

部落解放同盟の研究 第3回

西岡 研介 ノンフィクションライター
ニュース 社会 政治 昭和史 歴史
「高浜原発のドン」の半生がうつす解放運動の陰影。

差別意識を逆手にとった男

「おい、森山よ。世が世なら、お前みたいな部落の人間が、こんなところに出て来られるもんやないぞ」

 1970年のことだ。福井県高浜町の幹部職員として、町議会に出席した森山栄治(当時41)は散会後、ある町議から大声で呼び止められ、露骨な差別発言を浴びせられた。

 町議や町幹部が居並ぶ前で、森山は怒りで頬を紅潮させながらも、耐え忍んでいたという。だが、彼はこの時、周囲の蔑みと同情が入り混じった視線を受けながら、心の中で、こう誓ったのだろう。

 今に見とれ、お前ら全員、俺の前に跪かせてやる、と。

 その後、森山はわずか7年で高浜町No.2の助役にまでのぼり詰め、「影の町長」と畏怖される存在となる。そして高浜町で4基の原子炉を稼働させた関西財界の盟主、関西電力をも屈服させたのである。

「高浜原発のドン」として権勢をふるった森山の存在が全国的に知られるようになったのは、2019年9月のことだった。関西電力の八木誠会長や岩根茂樹社長(いずれも当時)などの幹部が多額の金品を受け取っていた事実を、共同通信がスクープ。森山自身は、この報道の約半年前、90歳でこの世を去っていた。

 この事件の推移、そして、森山の半生を辿ると、「部落」に対する差別意識の根深さと、それを逆手にとってのしあがっていった男の姿が、浮き彫りになるのだ——。

①森山氏
 
森山氏

関電の秘密を握るモンスター

 1987年に高浜町を退職した森山は、原発関連工事を請け負う地元の土木建築会社の顧問に就任する。

 森山から関電幹部への金品授受は、東日本大震災が起こった2011年から、森山が死去する前年の2018年までの7年間で、約3億円にのぼった。高級スーツやワイシャツの仕立券、400枚近い金貨や1キロの金の延べ棒、若狭塗の調度品に大相撲のチケット……。数十枚の「小判」など、時代がかったものまであった。

 これらは森山の恫喝まがいの要求に応じた関電が、彼が顧問や役員を務める原発関連会社に工事や警備業務などを発注した見返りとして贈られた。つまりは森山から関電に“原発マネー”が還流していたわけだ。

 さらに関電が設置した「第三者委員会」の調査で、森山による関電幹部への贈り物攻勢は、彼が高浜町を退職した直後の1987年から始まっていたことが明らかになった。

 最終的に判明した森山の関電社員への金品授受は、関電の子会社幹部も含めた計75人、総額約3億6000万円に達した。第三者委員会は2020年3月に公表した調査報告書で、森山を「モンスター」と評し、関電幹部については、こう断じた。

〈高浜発電所3号機及び4号機の増設に抜群の功績があり、増設・運営に伴う闇の部分にも関与し、世に知られたくない関西電力の秘密をも握ったモンスターと言われるような人物を作り出してしまった〉

 前代未聞の不祥事を受け、関電では2019年10月、八木会長、岩根社長ら最高幹部が辞任。関西財界だけでなく、電力業界全体を震撼させる事件に発展した。新聞・テレビは、森山による関電幹部に対する恫喝や、贈り物攻勢の詳細、両者の癒着の経緯を連日にわたり報道した。

 そして森山がかつて、地元の部落解放同盟高浜支部の書記長を務めていたことから、「週刊文春」や「週刊新潮」などの雑誌は、関電が森山を恐れた背景に「解放同盟」や「同和問題」の存在があったと報じた。

 これら多くのメディアで、森山の「素性」について証言したのが、高浜町議の渡邊孝(73)である。

 中学卒業後に日本共産党に入党した渡邊は、1979年に高浜町議に初当選し、現在、11期。同町唯一の共産党町議として、約40年にわたって、森山に支配され、原発に依存した町政を批判し続けてきた。

 その渡邊町議が語る。

「関電があそこまで森山を恐れていたのは、部落解放同盟の存在抜きには語れません。彼は解放同盟の力を利用して、糾弾を繰り返し、恐怖政治を敷いた。高浜町を『ものいえぬ町』にしたのです」

 高浜町では、1974~75年に高浜原発1号機と2号機が、1985年には3号機と4号機が稼働し始めている。渡邊町議によると、1・2号機の誘致は当時の浜田倫三町長が、3・4号機の誘致では森山が中心的な役割を果たしたという。

②高浜原発3・4号機
 
高浜原発3・4号機

森山の糾弾で脳溢血に

 その森山による「暗黒の町政」の象徴として、渡邊町議は、森山による糾弾のエピソードを挙げる。

「地元小学校の女性教師が、行きつけの美容院で、お店の人から『先生、この頃、同和教育ってよう聞きますけど、大変ですね』と話しかけられた。先生は『そうですね。大変ですね』などと答えたそうですが、それを聞きつけた森山は自ら、学校に乗り込み、『差別発言や!』と糾弾した。先生には差別の意図などまったく無かったのに、森山から何回も繰り返し糾弾され、泣く泣く差別発言だと認めたといいます。この件で体調を崩した先生は、定年まで3年を残して退職されました」

 糾弾の矛先は、町の実力者にも向けられたという。渡邊町議が続ける。

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source : 文藝春秋 2022年3月号

genre : ニュース 社会 政治 昭和史 歴史