おいしい話でお腹がいっぱい
私は生来の食いしん坊である。朝ごはんを食べながら、今日のランチは何を食べよう、と考えている。
などとただの食いしん坊なのに偉そうに書きたくなったのは、本書の中で描かれている数々のおいしいエピソードが、あまりにも「そう、わかるわかる!」「そういうことあるんだよねえ」と共感することばかりで、「私も邦子さん(と敬愛を込めて呼ばせていただく)と同じくらい食いしん坊なんです」と主張したい気分にかられまくってしまったからである。しかも邦子さんは、ご自身をおいしいもののことばかり考えている単なる食いしん坊かのごとく本書でお書きになっているが、そのすべては幼少時の思い出、ご両親のこと、戦争の辛い体験、社会人になってからの折々の記憶と深く結びつき、さながらご著書のタイトル「思い出トランプ」のような巧みな構成になっている。邦子さんはグルメのマジシャンで、思い出トランプをパパパと小気味よく切ってはスラリと読者の目の前に広げて見せる。どんなカードでも、邦子さんの筆は実に巧みにその思い出をドラマに仕立て上げる。普通の人ならば気づかずに終わってしまうかもしれない、どうってことのないエピソードだって、邦子さんにかかれば瞬く間にドラマのワンシーンになって、私たちの目の前に鮮やかに現れる。
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source : 文藝春秋 2022年5月号