著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、泉麻人さん（コラムニスト）です。

　母は96になる。わが家から2、300メートルくらいの場所になかなか環境のいい高齢者向け住宅があって、もう5年ほどそこで暮らしている。僕はほぼ毎朝様子をチェックしにいっている（体温を測ったり、最近ハヤリのパルスオキシメーターを指に挟んだり）が、さすがにモノ覚えの方は覚束なくなってきた。

　幼稚園児の頃の僕や弟が写った写真を見せながら“記憶の掘りおこし作業”をすることもある。「この人、誰だっけ？」なんて僕が質問を振ったとき、「チヨくん…」と、すぐに答が返ってくるのは当時ウチに住みこみでいたお手伝いさん。チヨコという名前なのだが、僕らが「チヨくん」と男の子のように呼んでいたことからそちらの愛称が定着したのだ。

　父が長男だったこともあって、わが家には祖母（祖父は大阪にいた）と未婚のおじさん（初めは2人）が同居、家事で忙しい母に代わって、僕らはこのチヨくんによく遊んでもらっていた。

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