インフレ地獄を覚悟せよ

藤巻 健史 経済評論家
ニュース 経済 国際
1ドル500円もありえる!元「伝説のトレーダー」が語る最悪のシナリオ。
参議院で質問する筆者
 
藤巻氏

中央銀行がお金を刷りすぎた

 いま、世界中で深刻なインフレが進んでいます。日本でも食料品や日用品、ガス代・電気代などが値上がりしていることを、皆さん実感しておられるでしょう。

 私は5月、アメリカのボストンに滞在しましたが、物価の上昇を肌で感じました。空港で荷物を運ぶカートを借りるだけで6ドル(約764円)もする。アパートメントも数ヶ月前と同じ家賃だと、半分の広さの部屋しか借りられません。

 このインフレの原因を「コロナ禍で落ち込んだ需要が回復して、供給が追い付いていないから」「ロシアのウクライナ侵攻によって、穀物や資源が高騰したからだ」と、誤解している人も少なくないようです。

 しかし実際は違います。これらも原因の1つではありますが、インフレの根本的な原因は、世界各国の中央銀行がお金を刷りすぎたことです。コロナ禍で危機に陥ったヨーロッパやアメリカは、国民を救うために大規模な財政出動を行いました。その財源の大部分は、中央銀行がお金をバラまくことで賄いました。

 お金の量が爆発的に増えたので、その価値が落ちて、逆にモノの値段があがってしまった。これが主たる原因です。なかでもコロナ禍のずっと前から「お金バラまき競争」のトップだった日本は、最も悲惨な状況に陥りつつあります。

 私は、2000年に外資系大手の投資銀行であるモルガン銀行(現・JPモルガン・チェース銀行)を退職するまで、20年近くの間、トレーダーとして債券や為替、株式の運用に携わり、その後も世界的な投資家ジョージ・ソロス氏のアドバイザー等をしてきました。

 そんな私から見れば、今ほど円の値動きが分かりやすい時期はありません。4月末には20年ぶりに1ドルが130円台に下落しましたが、いずれ1ドル400円~500円の水準までいくと見ています。

 しかも残念なことに、この円安や物価高は序章に過ぎません。日本は物価が異次元の段階まで上昇する「ハイパーインフレ」への道を着々と歩んでいるのです。もし、その「Xデー」が来れば、私たちが持つ円は紙くず同然になるでしょう。

 皆さん、にわかには信じられないかもしれませんが、なぜ日本にハイパーインフレが起きると言えるのか、それにどう備えれば良いのかについて、順を追ってご説明しましょう。

ハイパーインフレ対策で預金封鎖
 
戦後の日本では預金封鎖

「禁じ手」を使ってきた日本

 日本は「借金大国」なのは多くの方がご存じでしょう。この多額の借金と政府・日銀の施策がハイパーインフレのリスクを高めてきました。

 国の借金の深刻度は、対GDP比で判断されます。大雑把にいえば税収は名目GDPに比例するので、借金の割合が名目GDPに比べて大きいほど、その国は税金での借金返済が困難だということです。

 今年の3月末時点で、国債と借入金、政府短期証券の残高を合わせた日本国の「借金」は約1241兆円。対GDPで260%超と、世界で断トツに大きい数字です。

 他の国をみると、アメリカの借金は対GDP比で132%、ドイツが70%。財政危機に陥ったギリシャ、イタリアでも、それぞれ198%、150%です。日本の数字がいかに深刻か一目瞭然でしょう。

 これほどの借金を抱えているのに、日本はどうして今まで財政破綻しなかったのでしょうか。それは日本の中央銀行である日銀が大量に紙幣を刷って、足りない分を穴埋めしてきたからです。専門用語では、これを「財政ファイナンス」といいます。

 2013年4月、日銀の黒田東彦総裁は「異次元の金融緩和」、通称「黒田バズーカ」を発動しました。政府が発行する国債を日銀が大量に買い入れることで、政府にお金を渡してきたわけです。

 私がトレーダーだった1998年12月末、日銀の国債保有額は52兆円に過ぎませんでした。それが今では526兆円。当時の10倍に膨れ上がっています。

 紙幣を好きなだけ刷って使い放題できるなら、それで良いじゃないか、と思われるかもしれません。しかし、財政ファイナンスは禁じ手だというのが世界の共通認識です。なぜなら紙幣を大量に刷れば、お金の価値が下がり、ハイパーインフレが起きる可能性が高まるからです。

画像3
 
ハイパーインフレで食糧配給所に列が

 例えば第一次世界大戦後のドイツ。敗戦で科された莫大な賠償金を支払うため、当時の中央銀行であるライヒスバンクが紙幣を大量に刷った結果、1個250マルクだったパンが1年で3990億マルクに跳ね上がるほどの、凄まじいハイパーインフレが起きてしまいました。世界の国々は、こうした歴史を知っているからこそ、財政ファイナンスを禁止しているのです。

 そもそも財政ファイナンスは、財政破綻の先延ばしに過ぎません。本来、国の借金を返すためには、税収を増やすしかない。ところが経済成長が止まった日本に税収の増加は望めませんし、かといって政治家は国民に負担を強いる増税もしたがらない。結局、日本は財政ファイナンスの誘惑に負けてしまいました。

 先日、日本の安倍晋三元総理は「日銀は政府の子会社だ」と発言しましたが、まさに政府は日銀を子会社のように使って、財政破綻を先送りしてきたと言えるでしょう。

なぜ円安が進むのか

 ここまで説明したように、財政ファイナンスによってハイパーインフレのリスクが高まったのですが、最近の急激な円安ドル高で、ついに「限界点」へ達するかもしれません。

 いまの円安ドル高の要因は3つあります。1つ目が、アメリカが6月からお金の回収準備に入るためです。

 前述のとおり、コロナ禍以降、アメリカやヨーロッパ諸国も日銀に比べればはるかに小規模とはいえ、日本と同じように財政ファイナンスを行いました。金利を大きく引き下げるとともに、お金をジャブジャブに供給してきたのです。

 しかし、それはあくまで一時的なもので、他の国はインフレを抑えるため、お金の回収に入りました。5月にアメリカの中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)は0.5%の利上げと同時に、6月からのお金の回収を発表。英国中央銀行(BOE)も3月から回収を開始しました。欧州中央銀行は今年夏までにテーパリング(債券購入増加額の縮小)を終える方針です。

 一方の日本は、4月に黒田総裁がニューヨークでの講演で「金融緩和を継続する」と宣言。4月の政策決定会合でもそう決めました。ばらまきを継続する以上、市場に出回る円の量は増え続けるわけですから、引き締めを行っているドルに比べて、円の価値が低くなるのは当然です。

 2つ目の円安要因は日米の金利差です。FRBは、今後ますます金利を上げてくるでしょう。一方、日銀は「指値オペ」を無制限に実施すると決定するなど、金利を低く抑え続ける意思を明確にしました。日銀が決まった低い利回り(=指値)で国債を買い入れることにより、金利の上昇を防ぐ狙いです。これでは日米の金利差は開くばかりです。

 それでは、なぜ日米金利差が円安を生むのでしょうか。理屈はいろいろあるのですが、「キャリートレード」という投資の手法でご説明しましょう。キャリートレードとは、通貨間の金利差を利用して利益を出す手法です。いまの円のような仕入れコスト、すなわち低金利の通貨で金利の高いドルを買い、それを運用することで利益を出す。日米の金利差が開けば、このキャリートレードが盛んに行われます。するとドルの需要が増えるわけですから、円安ドル高が進むことになるのです。

 3つ目の円安要因は、日本の経常収支の赤字です。経常収支とは、国際的な貿易やサービス、配当や利子のやりとりなどを合わせた国の収支のことで、日本は昨年末から今年1月にかけて2ヶ月連続の赤字。今後も赤字の常態化が懸念されます。

 経常収支が黒字であれば、日本企業は獲得した外貨を円に換えようとするため、円の需要は高まり、円高になります。赤字だとその逆で円安が進むということです。

 円安ドル高が進むと、輸入価格が上がり、昨今のインフレにもますます拍車がかかるでしょう。「輸入インフレ」です。ただでさえ世界的なインフレで海外の物価が上昇し、それが日本国内の物価を押し上げています。1ドル100円の時期に100円で買っていた輸入トマトは、円安で1ドルが130円になれば当然、130円で輸入するしかない。

 私の長いディーリング人生のなかでも、「日米の金利差」「日本の経常収支の赤字」の2つが、ともに円安方向へなるのは初めてです。

打つ手のない日銀

 ここで、こんな疑問を感じる方もいらっしゃると思います。

「円安がインフレの原因なら、それを解消するために、日本もFRBのように金融緩和をやめて、利上げと量的引き締めを実行すればいい。なぜ日銀はしないのか」

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source : 文藝春秋 2022年7月号

genre : ニュース 経済 国際