思い通りにならない人生の輝き
語り手はカリフォルニア州の高齢者施設に住む、81歳のリリア。第1部、第2部では、彼女の現在と過去が描かれる。リリアは3度の結婚をし、最初の夫ギルバートとのあいだに5人の子どもと17人の孫がいる。しかしながら彼女の心を占めているのは、リリアが44歳のとき、生まれたばかりの子を残して自死した長女、ルーシーだ。このルーシーだけ、父親が違うことが、この第1、2部で明かされる。
第3部は、ルーシーの生物学的父親、ローランドの日記。出版された日記を入手したリリアは、ルーシーの娘キャサリンとその子アイオラに向けて自己注釈を書きこんでいく。それは注釈を超えて、リリア自身の物語にもなっていく。
1925年、15歳になろうとするローランドの日記は膨大な量で、移動する土地も体験する歴史も関係を持つ女性たちも膨大だ。しかしローランドは、18歳のときに出会った39歳の人妻シデルを忘れられず、べつの女性と結婚しても、婚外恋愛を幾度くり返しても、彼女を求めずにはいられない。波乱に満ちて移り変わる時代、場所、状況のなかで、それだけがまるで錨のように不変で、それだけが彼をこの世に、あるいは人生につなぎとめているかのようだ。
そんなローランドとは、若き日にたった数回会っただけのリリアだが、彼女もまた、彼を忘れることができない。だからこそ彼の日記に注釈を加えていくのだが、そうすることで、奇妙にもローランドとリリアはもう一度生きなおすように感じられる。ローランドはシデルに出会う前、リリアはローランドに出会う前に戻ったとしても、彼らは同じ道を選ぶという確信を読者は持つだろう。その道の先がいくら過酷でも。
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source : 文藝春秋 2022年7月号