この連載では、過去のベストセラーをヒントに日本の近現代史を読み解いてきた。本書は最近刊行されたばかりの邦訳書だが、日本の近現代史の一部である「現在進行形の歴史」を見極める上で極めて重要だという意味で、敢えて取り上げたいと思う。
原題はFire and Fury:Inside the Trump White Houseで、訳書には「トランプ政権の内幕」という副題が付いている。原書は、今年1月5日に刊行された。当初の出版予定日は1月9日だったが、米国のドナルド・トランプ大統領が「出版を差し止める」と言い出したために発売日を早めた。トランプ氏の発言が宣伝となり、初刷りは15万部だったが100万部を追加増刷した。2月に日本語訳が上梓されたが、帯には「全米170万部突破」と記されている。
トランプ大統領の特徴は、わけがわからないことだ。北朝鮮に対しては武力行使を含むあらゆる可能性を排除しないと述べていながら、急遽、米朝首脳会談に合意した。また、TPP(環太平洋経済連携協定)に関しても、離脱を宣言したが、最近になって参加可能性を表明した。自由貿易に舵を切ったのかと思うと、鉄鋼に関する関税導入のような露骨な保護主義を主張する。また、人事異動についても、きわめて恣意的だ。
〈トランプ米大統領は(三月)二二日夕(日本時間二三日午前)、自身のツイッターで、トランプ政権の外交・安全保障を取り仕切るマクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当)を四月九日付で解任し、後任にジョン・ボルトン元国連大使をあてることを明らかにした。/新たに就任するボルトン氏は、ブッシュ政権時に国務次官や国連大使を歴任。共和党内でも外交タカ派で、新保守主義(ネオコン)の中心人物だった。北朝鮮に対しても武力行使を辞さない強硬派として知られる。/トランプ氏は今月13日にやはりツイッターで、外交トップのティラーソン国務長官を解任し、自身に近いポンペオ中央情報局(CIA)長官を起用することを発表したばかり。わずか一〇日間のうちに、外交と安全保障の要を交代させることを表明した。(ワシントン=土佐茂生)〉(3月23日「朝日新聞デジタル」)
米朝首脳会談に合意しつつも北朝鮮との戦争を辞さないという人物に国家安全保障を担当させる。トランプ氏はどのような外交戦略を考えているのだろうか。本書を読むと、トランプ氏は何も考えていないし、そもそも外交安全保障政策を理解する能力に欠如しているという現実が浮き彫りになる。
出馬目的は当選ではなく売名
最大の問題は、トランプ氏もその側近も大統領選挙に出馬した目的が、当選ではなく、売名にあったことだ。
〈トランプは勝つはずではなかった。というより、敗北こそが勝利だった。/負けても、トランプは世界一有名な男になるだろう――“いんちきヒラリー”に迫害された殉教者として。/娘のイヴァンカと娘婿のジャレッドは、富豪の無名の子どもという立場から、世界で活躍するセレブリティ、トランプ・ブランドの顔へと華麗なる変身を遂げるだろう。/スティーヴ・バノンは、ティーパーティー運動の事実上のリーダーになるだろう。/(略)敗北は彼ら全員の利益になるはずだった。/だが、その晩の八時過ぎ、予想もしていなかった結果が確定的になった。本当にトランプが勝つかもしれない。トランプ・ジュニアが友人に語ったところでは、DJT(ジュニアは父親をそう呼んでいた)は幽霊を見たような顔をしていたという。トランプから敗北を固く約束されていたメラニアは涙していた――もちろん、うれし涙などではなかった〉
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