1月21日早朝、評論家の西部邁氏が多摩川に飛び込んで自殺した。遺書らしき文書も残されていた。
〈「ウソじゃないぞ。俺は本当に死ぬつもりなんだぞ」―。二十一日に死去した西部邁さん(七十八)はここ数年、周囲にそう語っていた。平成二十六年の妻の死などによって自身の死への思索を深め、著作などでもしばしば言及していた。/昨年十二月に刊行された最後の著書「保守の真髄」の中で、西部さんは「自然死と呼ばれているもののほとんどは、実は偽装」だとし、その実態は「病院死」だと指摘。自身は「生の最期を他人に命令されたり弄(いじ)り回されたくない」とし「自裁死」を選択する可能性を示唆していた〉(1月21日「産経ニュース」)
「自殺は悪い」と決めつけるのでも死を美化するのでもなく、西部氏の思想と行動を分析し、内的世界を追体験することが、氏と同じく論壇で生きている筆者の責務と考える。
本書は、1983年に文藝春秋から刊行された単行本を文庫化したものだ。本書は、大きな反響を呼び、西部氏は保守派の論客として大きな影響を持つようになる。その意味で、本書は西部氏の人生を画する重要な意味を持っている。文庫版に寄せたあとがきで、西部氏は自らの生涯を思想的に総括し、こう述べている。
〈資本主義という「砂漠に咲く毒花」に囲まれ、民主主義という「砂漠に吹く砂嵐」に押されながら、私の生は終末期を迎えている。「大量人であることに絶望している者たち」の姿が、三十年前と同じく、極少数しか映じてこないのは、私の網膜が齢相応に曇ってしまったからではないであろう。で、私は私自身について思う、「お前は、昔も今も、希望から見捨てられていると自覚していたではないか。お前は、ただ自分の思うことを書いたり喋ったりしているだけで、それが社会に影響を与えることなど絶対に起こりえないと承知していたのではないか」と。/実はその通りなのである。少なくとも同世代にあって、唯一、私を励ましつづけてくれた連れ合いとて、そのことをよく承知していたはずである。したがって、彼女の血圧が四〇を切ってじきに身罷るとわかったとき、私の口から「有難う」という言葉が繰り返し出てきたのは、感謝の言葉であるよりもむしろ、「有ることの難かしい励ましを、よくもまあ、かくも長きにわたって飽きもせずに吐きつづけたものだ」という、感嘆の弁なのであった。(略)生きているあいだは、オツムが動きを止めないかぎり、何事かを問われれば、私は何らかの応答をするのではあろう。しかしそんな半死半生の言葉に意味が宿ってくれるわけがない。そのように無に帰するのが、大量人に三十年間も逆らいつづけた者の受けるべき、当然の酬いでもある。この際、この場を借りて私は大量人の皆様に向かって申告しておくべきなのであろう、「私は、異様に妙な国家の異常に変な時代に生まれ合わせたという自意識に幼少の頃からとらわれてきた、一介の変人にすぎないのだから、私のことなど、これまでと同様に、放念しておいてもらいたい」と〉
人生を共にしただけでなく、思想的にも最大の理解者であった伴侶の死が与えた衝撃が伝わってくる。「異様に妙な国家の異常に変な時代に生まれ合わせた」人生に、西部氏は自殺という形で終止符を打ったのである。21世紀の日本の状況を知的に分析し、処方箋を描く能力が西部氏には備わっていた。しかし、ブント(共産主義者同盟)の活動家として、新左翼運動をリードしたときや、1980年代以降、保守思想界を震撼させたときのように、何かを起こすエネルギーが西部氏にはもう湧いてこなかったのだと思う。
戦後日本と大衆化
西部氏は、太平洋戦争後の日本社会を、世界的規模で進む世俗化(西部氏の言葉では大衆化)の時代ととらえた。
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source : 文藝春秋 2018年04月号