「1人で死んでくれ」は被害者の心の叫びだ

「家族という病」を治す 7人の提言

三浦 瑠麗 国際政治学者
ニュース 社会
三浦瑠麗氏 ©文藝春秋

 川崎のカリタス小学校の児童と保護者を襲い、犯人が直後に自殺した事件に対して、「死ぬなら1人で死んでくれ」という声が発せられ、それに対して、幾人かの専門家からは批判の声が上がりました。

 亡くなったのは、ミャンマー語のスペシャリストの外務省職員でカリタス小にお子さんを通わせていた小山智史さんと、小6だった栗林華子さん。朝、子どもを送っていってくれた夫が、通り魔に刺されて殺され、親として目を行き届かせ、安全に通学させていたつもりだったのに、子どもが見ず知らずの大人に殺される。あまりに「不条理」です。

 防ぎようのなかった事件ですが、私たちは「不条理」をなかなか受け入れられません。その行き場を失った感情から発せられたのが、「死ぬなら1人で死んでくれ」だったのでしょう。朝、穏やかに挨拶をして家を出た愛しい家族にそんな目に遭ってほしくない。そういう「弱者」の側からの「せめて巻き添えにしないでほしかった」という心の叫びです。世間の多くの人が、被害者や遺族という「弱者」に共感したからです。

 反対に、この発言を批判した人たちは、被害者遺族は別として、世間がそう言うのは、自殺など思いもよらない「強者」の声でしかないと指摘しました。「弱者」に成り代わって「引きこもり」の人に対する偏見を取り除き、自殺願望のある人への思いやりを呼びかけたわけです。言ってみれば、これは「弱者」に成り代わった人たちによる綱引きです。しかし世の中に完全な「弱者」も「強者」もいません。孤立して自分を「弱者」だと感じていたであろう岩崎も、包丁を2人の被害者に突き立てた時には命を奪う「強者」でした。

 本にも書いたことですが、私は、かつて「殺される」と感じる経験をしました。生死の際をさまよった経験をした私は、岩崎に対して、「死ぬなら1人で死んでくれ」と思ったりはしませんでした。今わの際に被害者が思うのは、ただ「どうか殺さないで」ということだけだからです。

 けれども、世間からまず出てきたこの感情をことさら悪意に解釈する必要もない。「死ぬなら1人で死んでくれ」と思うのは、遺族になり代わって“我が事化”して自然に湧いてきたリアルな感情だからです。

 それに対して専門家からは、「『死んでくれ』は穏やかではない」「ここまで自らを追い込み、追い込まれた犯人をその手前で引き返させる手段が必要だったのではないか」「いま現在、孤立し、自殺願望に囚われている人の自殺を誘発しかねない」といった非難の声が上がりました。さらに元農水次官の事件と合わせて「引きこもり」に過度に注目した報道に対して、「引きこもりの人はあたかも他人を自殺の巻き添えにする願望があるかのような印象操作につながる」という意見も出てきました。

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source : 文藝春秋 2019年8月号

genre : ニュース 社会