日本礼賛本ではない/『ジャパン アズ ナンバーワン』エズラ・F・ヴォーゲル

ベストセラーで読む日本の近現代史 第42回

佐藤 優 作家・元外務省主任分析官
エンタメ 読書

 1979年に上梓され日本型経営(経済だけでなく、国家運営や教育も含む)に対する関心を高めた作品だ。『ジャパン アズ ナンバーワン』というタイトルだけが1人歩きしているが、本書を日本礼賛本と受け止めてはならない。日本の社会構造、日本人の行動分析に関する優れたインテリジェンス分析報告というのが実態に近い。当時の米国人に「日本を軽視するのは危険だ」と警鐘を鳴らし、日本のノウハウに学ぶことで米国国家と米国人の生き残りについて考えた「アメリカ・ファースト」の精神で書かれている。本書を1970年代末から80年代初頭の日本人が「われわれは褒められた」と勘違いし、日本型経営が持つ宿痾(しゅくあ)にメスを入れ、対策を立てなかったことが悔やまれる。

 日本企業の特徴についてヴォーゲルは終身雇用制に着目する。

〈個人企業でない大会社となると、重役になるにはゆっくりと地位を一歩ずつ上がっていかなければならない。日本の企業では、一般に終身雇用制をとっており、社員はいったん会社に入ったら定年までそこで働くことが普通であるから、日本の会社としては社員の教育、訓練に多くの費用をかけることは意味があるのである。それに比して、欧米の会社ではせっかく社員の教育にお金をかけても、こうした社員が他の会社にとって魅力的であれば引き抜かれてしまうといったことがありがちである。管理職への道を歩む社員たちはいろいろな部門を回され、あるいは外部の機関に派遣され、さまざまな技術、技能を身につける。と同時に人間関係を育て、将来、上の地位に就いて重要な経営上の決定を行なう場合に必要な情報のパイプラインを形成できるような緊密な交友関係をつくる。〉

 過去20年、日本でも多様な雇用形態が推進され、総合商社や巨大メーカーでも一般職の採用を止め、派遣社員で需要を満たしているところも多い。しかし、専門職、総合職として企業の基幹となる社員については、終身雇用が基本だ。どの国でも組織は文化的拘束を受ける。日本企業が「家」をモデルに組織を形成する文化はそう簡単に崩れない。

日本の情報文化の欠点

 日本の企業や官庁による情報収集の特徴に関する記述も興味深い。

〈ある問題がその時点で最優先課題に決まると、会社の場合も官庁の場合と同様に、その情報収集の努力に一段と拍車がかけられる。しかし、緊急要件がない場合でも、情報収集はたゆまず続けられる。日本の企業のなかでも、技術や組織面のノウ・ハウの総合的な実力で欧米を追い抜いた会社を観察してみると、あくまでも学ぶ姿勢をくずしていないということが言える。これらの企業はそれでもたえず自らの弱点を反省し、外国であろうと日本国内であろうと、自分たちよりも優れた面をもつ会社があれば、そこから使えそうな秘訣を学び、たえず改良の方向に努力している。たとえば従業員わずか五〇人にすぎない関西方面の一染色会社でも、業界誌を購読し、世界でどの染色工場が最近最も優れた改良を行なったかといった情報に精通している。そして毎年一人ないし二人の社員を現地に送り、一カ月、あるいはそれ以上もの間、その新しい技術を取り入れるために勉強させているのである。〉

 現在も、このような情報収集を重視する傾向は強い。ただし、収集された情報が、正しく評価され、分析と企業や官庁の行動に効率的に活用されているとは言いがたい。「情報収集のための情報収集」になり、ファイルだけが厚くなっていくのが日本の情報文化の欠点だ。もっとも新聞社は上手に情報を活用している。

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source : 文藝春秋 2017年03月号

genre : エンタメ 読書