前キューバ国家評議会議長フィデル・カストロは、中南米で初めて、社会主義革命を成功させた。
アメリカの傀儡バティスタ政権と武力闘争を続けていたが、1959年1月1日にバティスタ大統領はドミニカに亡命。カストロは新生キューバを宣言して指導者となる。まだ、32歳だった。
26年、スペイン移民の裕福な農場主の息子として生まれる。子供のころは野球に熱中して、プロ選手を目指したこともある。ハバナ大学法学部に入学すると学生運動に参加。卒業後は弁護士になって貧困層の救済を試み、53年に武装闘争を開始した。
同年、モンカダ兵営襲撃に失敗して逮捕されたが、恩赦で釈放されるとメキシコに亡命し、56年、仲間とともに再入国して闘争を継続する。このときアルゼンチン人医師で革命家のチェ・ゲバラも加わって革命勢力を糾合した。
革命が成功した時点では、カストロは産業の国営化にこだわっていなかった。しかし米企業の資産を接収し、アメリカ政府が繰り返しカストロの暗殺を企てたので、ソ連の援助で新政権を維持する道を選択することになる。
62年には、ソ連がキューバに核兵器を持ち込みキューバ危機が起こった。64年、妹のファナがアメリカに亡命。しかも、「裏切り者の兄カストロと弟ラウルとは縁を切る」と表明したので、憶測や噂が世界を飛び交った。
また、ゲバラは、ソ連を帝国主義と批判し続け、カストロと対立が深まる。65年にキューバを出てアフリカや中南米の革命を画策するうち、67年にボリビアで捕えられ処刑された。
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source : 文藝春秋 2017年02月号