両陛下の歴史への思いが通じない。問題は、内閣と天皇の「距離」だ
天皇と政治的指導者(とくに首相)との関わりはいかにあるべきか。
もう三十年ほど前になろうか、宮内庁長官を退官した宇佐美毅氏に首相の昭和天皇への内奏について尋ねたことがある。その折に、最も印象に残っているのは、田中角栄元首相だったと述べていた。
多くの首相は、慣例的に内奏を行ったにしても、天皇に政治的判断を求めるような説明は極力避ける。たとえば、昭和天皇が「経済はうまくいっていますか」との問いを発すれば、「今は不況ですが、二、三年もすれば景気はよくなると思います」と手短に答えるのが一般的な形である。その内閣の経済政策を説明すれば、天皇の質問や回答はそれに沿った内容にならざるを得ない。「天皇の政治的関与」を避ける智慧が両者の間にあった。
ところが田中元首相はそういう慣行を無視して、天皇が「経済はうまくいっていますか」と尋ねられると、貿易収支がどうのとか自らの内閣の経済政策の説明を延々と行ったというのである。ふつう十分、二十分という内奏の時間が三十分近くにも及んだこともある。この説明を続けながら、宇佐美氏は「田中さんは陛下が政治的立場を重んじて聞くだけの関係をいいことに、思う存分自らの意見を述べ続けたわけです」と苦笑を浮かべていたのが、今も私の記憶には残っている。
首相在任者の回想録や証言、日記を読んでいくと、それぞれさまざまな感慨やら感想があり、それ自体が歴史そのものといっていい。二、三の例をあげると、佐藤栄作元首相が、ジョンソン米大統領から沖縄返還の約束を得て帰国し、夜半だったにもかかわらず内奏に赴いている。佐藤の日記をもとに書かれた『正伝 佐藤栄作』(山田栄三著)によると、〈沖縄や小笠原の返還に、強い関心を持たれた陛下は、こまごまと質問され、首相の説明に非常に満足されたようだった〉とあり、〈この後、皇太子の御所は、記帳だけの予定が、とくに招ばれて一時間ほどの報告となった。〉ともある。昭和天皇、皇太子(今上天皇)も沖縄返還をことのほか喜ばれたことがわかる。
普段は、政治との距離を注意深く取っておられた昭和天皇も、関心を寄せられた沖縄の問題となれば、長い説明をお聞きになることもある、ということだろう。佐藤は歴代首相の中でもとりわけ、昭和天皇と相性が良かったことも知られている。
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source : 文藝春秋 2015年09月号