健康寿命を延ばす“知識のワクチン“
塩の害を打ち消してくれる
世界中の長寿・短命地域の過去40年間に渡る調査から、健康寿命を左右する重要な食材が「塩(salt)、魚介類(seafood)、大豆(soy)」という3つのSであることを、これまでの連載でお話ししてきました。
今回は4つめの食材として、「ヨーグルト」を紹介したいと思います。日本人にとっては魚や大豆ほどなじみがないので、やや意外に思われるかもしれません。しかしヨーグルトなどの発酵した乳製品は世界の長寿国でもよく摂られています。
そして重要なことは、ヨーグルトには塩の害を打ち消してくれるカリウム、カルシウム、マグネシウムが多いのです。ですから、本来は塩分過多になりがちな日本人にこそ、必要とされている食品なのです。
私がヨーグルトの持つ素晴らしい効果に気づくきっかけとなったのは、1986年に、当時、世界の長寿地域として知られていたコーカサス地方ジョージアのオセチア地区の調査に訪れたことでした。
ここでは、牛や羊などの茹で肉や蒸した肉などを香辛料で味付けした料理や、食卓にどっさり出される野菜や果物が多いのが印象的でしたが、それ以上に特徴的だったのが、毎食、どんぶりのような器になみなみとサーブされる自家製ヨーグルトでした。
当時のオセチア地区は各家庭で牛を飼い、新鮮な牛乳で伝統的なヨーグルトを作っていました。
ヨーグルトの種菌は代々その家に伝わるものを使い、各家庭によって味が違います。それぞれの家庭が味に誇りを持ち、昔の日本でいうと「ぬか床」に近いイメージかもしれません。
しぼりたての牛乳と種を弥生土器のような素焼きの壺に入れて常温で発酵させてヨーグルトを作るのですが、これも理にかなっています。
亜熱帯の国なのでそれなりに気温が高いのですが、素焼きの壺だと水がしみ出て蒸散熱が発散され、適度に中が冷えるのでしょう。
現地のお年寄りたちと一緒に食事をして驚いたのは、現地の方たちは、ぶどうなどの果物の皮や種もまるごと食べること。
皮は食物繊維が豊富ですし、種にはコレステロール値を下げる不飽和脂肪酸が入っているのでよい食べ方ですが、私たちが同じように食べたらたちまち下痢をしてしまいました。牧畜のために多い蝿がたかった果物を現地のご老人たちが食べても平気なのは、日常的に飲んでいるヨーグルトによって免疫力が高まっているからではないかと思いました。
24時間尿の分析では、塩分摂取量は、1日14グラムと当時の日本の平均値よりも高いにも関わらず、ナト/カリ比(ナトリウムに対するカリウムの比率)は低く、塩の害が打ち消されていました。これは、カリウムが多い野菜や果物、ヨーグルトを多量に摂っているためだろうと思われました。
そこで、コーカサス特有の「ヨーグルト」の秘密を知るべく、各ご家庭で作っているヨーグルトの種をいただいて、分析用に日本に持ち帰ったのです。
大発見のカスピ海ヨーグルト
持ち帰った種に牛乳を足して、日本でも同じように作ってみたところ、すごい勢いで増えていきます。あまりにも増えるので、知人にも分けたところ、酸味が少なくまろやかな味や、常温で増やせる手軽さ、お通じがよくなる効果などが評判を呼び、手渡しでどんどん広がっていきました。
予想をはるかに超えた広がり方に、私は「食中毒が起きたら大変だ」と心配になり、当時の兵庫県知事でNPO「食の安全と健康ネットワーク」代表でもあった貝原俊民氏にお願いして、企業に呼びかけていただき、最終的に、凍結、乾燥させた安全な種菌を量産していただくことができるようになりました。
このヨーグルトは「カスピ海ヨーグルト」と呼ばれ、一大ブームとなりましたので、ご存じの方も多いと思います。
ジョージア発祥のこの「カスピ海ヨーグルト」の最大の特色は、そのまろやかな味わいと、独特の「粘り気」にあります。
この独特の粘り気は、分析したところ、菌の特徴によるものでした。カスピ海ヨーグルトの菌は、こん棒状の桿菌(かんきん)ではなく、丸い球菌なのです。球体がつながり表面積が大きく、粘り気の元となる「粘性多糖体」をたくさん作るというわけです。
そして、実はヨーグルトの「粘り気」は、健康効果に大きな意味を持ちます。
動物実験で、粘り気の少ないヨーグルトと、粘り気の強いヨーグルトを食べさせて比較すると、粘り気の強いヨーグルトのほうが食後の血糖値の上昇がゆっくりしていることが分かっています。
この「血糖値がゆっくり上がる」という効果が、現代人にとって非常に重要な意味を持ちます。
カスピ海ヨーグルト
スローカロリーな食品
あらためて「血糖値」について簡単におさらいしましょう。
血糖値は血中のブドウ糖濃度を指し、食事が消化されブドウ糖として血中に取り込まれると上昇します(血糖値の上昇)。こうして血糖値が上がると、すい臓からインスリンが血管内に分泌され、ブドウ糖が筋肉や脂肪などに取り込まれるように働き、血糖値が下がります。
インスリンの分泌が低下したり、効果を発揮できなかったりすると血糖値のレベルが常に高い状態になり、「糖尿病」となります。健康な人はインスリンが血糖値をコントロールしてくれているのです。
ところが、空腹時は血糖値が低い人でも、喉が渇いたら甘い清涼飲料水を飲み、お腹がすいたら甘い菓子パンを食べるような食生活をしていると、食後に血糖値が急激に乱高下するようになります。
これが「血糖値スパイク」と呼ばれる状態で、糖尿病のように常に血糖値が高い状態以上に、健康によくないことが最近の研究で分かってきています。
血管の内皮細胞を培養し、血糖値を大きく変動させると血管の細胞に炎症が起こってくるのです。その炎症が起こると、インスリンが効きにくくなります。それが重なると、血糖値がどんどん上がり、糖尿病になります。
また、急激に上がった血糖値を下げようと、インスリンが1度に大量に出ると、小型の脂肪細胞が脂肪をため次第に肥大化していきます。
肥大化した脂肪細胞は血圧を上げる悪玉物質を作るので高血圧になりやすくなります。また脂肪細胞が肥大化するとアディポネクチンという脂肪から放出される、炎症を抑える善玉ホルモンも出にくくなります。
要するに食事による血糖値の変動はなるべく緩やかなほうが健康によく、粘り気の強いヨーグルトがそれをかなえてくれるのです。
下のグラフをご覧ください。食べた物で血糖値の変動を測った実験があります。牛乳にブドウ糖を加えた場合と、ヨーグルトとおにぎりの場合です。
どちらも食べてしばらくすると血糖値が上がりますが、「ヨーグルトとおにぎり」はその上昇が低く、その後、血糖値も穏やかに変化していきます。この図にはないですが牛乳とおにぎりを食べた群と比べても、血糖値やインスリンの上昇は低く、血糖値の低下も穏やかなのです。
このように、ヨーグルトは血糖値の乱高下が少なく、緩やかに上げる「スローカロリー」の代表的な食品といえるのです。
ヨーグルトのもつ、もうひとつの大きな健康効果が「免疫力」のアップです。
私たちが食べたら、たちまち下痢を起こす果物の皮や種を、ジョージアの老人たちは平気で食べていたことは先ほどご紹介しました。
この事実から、私たちはヨーグルトが、腸内細菌叢を変えて免疫力を上げるのではないかと考え、それを実験的に検証してみました。
免疫力を測る実験は難しいのですが、唯一、確かめられるのはワクチンを打つ時です。
ワクチン接種時がチャンス
ワクチンを打って抗体価が上がるということは免疫の反応がよいということ。つまり抗体価の上がり方が免疫力の指標として使えるのです。
そこで、インフルエンザのワクチンを打つ時期を利用して、カスピ海ヨーグルトを1日に100グラム摂る群と、プラセボ群(牛乳に粘り気をつけたものを飲む)との間で、ワクチン後の抗体価の上がり方を見ることで免疫力の違いをみました。
するとカスピ海ヨーグルトを摂取した群は抗体価が上がりやすい、つまり免疫力が高まっているということが分かったのです。
腸は外界から多くの異物が入ってくる器官ですから、それらと戦うために、たくさんの免疫細胞が集まっています。
免疫細胞が集中している小腸の粘膜には、パイエル板という、繊毛のない粘膜でカバーされた島状のリンパ球の集合体が散在しています。
一方、大腸にパイエル板はありませんが、粘膜に住み着いた腸内細菌叢が免疫細胞の作用を変えると考えられます。
腸内細菌は約1000もの種類があり、その働きによって「善玉菌」「悪玉菌」「日和見菌」に分類されますが、通常、その比率は、善玉菌が20%、悪玉菌が10%、日和見菌が70%と言われています。ところが、加齢によって善玉菌が5~8%くらいに減ってくると、免疫力も落ちてくるのです。お年寄りが新型コロナやインフルエンザで重症化しやすいのはこのためです。
ところがヨーグルトを食べると善玉菌が増えて、この腸内細菌叢に好影響を与え、免疫力がアップするのだと考えられます。
このように素晴らしい健康効果を持つヨーグルトですが、その源となったジョージアでは、その後、都市化で牛も飼えなくなり、伝統的な食習慣が失われ、自家製ヨーグルトも作らなくなってしまいました。
平均寿命も世界平均レベルの73.3歳にまで落ち、長寿国から転落しています。
今や、当のジョージアよりも日本人のほうがヨーグルトを多く摂っているのは皮肉なことですね。
生き血入りドリンク!?
私たちが世界健診をした時に、高血圧の人がほぼゼロだったのがアフリカのマサイ族です。当時、マサイは塩を持っておらず、主食は、ヨーグルトとウガリというとうもろこしの粉でした。
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source : 文藝春秋 2022年10月号