健康寿命を延ばす“知識のワクチン“
マグネシウムを与えると血圧が下がる
チベットなど世界の短命地域は塩の摂取が多く、逆に、長寿地域でよく摂られているのが「野菜や豆などの種実食、魚や乳製品など」です。
実は、長寿地域の食材に共通して多く含まれる栄養素があります。
それが「マグネシウム」です。
マグネシウムというと金属のイメージが強いので、意外に思われる方もいるかもしれません。
人が必要とする五大栄養素には「糖質・たんぱく質・脂質・ビタミン・ミネラル」があります。
マグネシウムは、この中の「ミネラル」に含まれる栄養素です。
ちなみに、食塩に含まれるナトリウムや、野菜に多いカリウム、小魚に多いカルシウムなども、すべてミネラルの一種です。
マグネシウムは、地球の地殻で7~8番目に多い元素であり、海水にも多く、生体の中でも4番目、細胞内で2番目に多いミネラルです。
体温や血圧、ホルモン分泌の調整、筋肉の収縮などを助け、生体内の300以上もの生命反応に関わっています。
海藻や種実・豆類、魚介類、乳製品などに多く、飲み水にも含まれており、近年は長寿の栄養素としても非常に注目されています。
私たちがその重要性に気づいたのは40年前のこと。
長寿食研究の出発点となった100%脳卒中になる遺伝子を持った「脳卒中ラット」の寿命を、どうすれば延ばせるのかという実験がきっかけでした。
脳卒中ラットに1%の食塩水を与えると1~2カ月ほどで重症の高血圧になり脳卒中を起こして全滅します。しかし、たんぱく質やカリウム、マグネシウムを与えると寿命が延びるのです。
当時、私が興味を持ったのは、血圧が上がってくる時、細胞の中で何が起こっているのか、です。
食塩を摂り細胞の中にナトリウムが入ってくると、水が引き込まれ血管細胞は膨張します。すると血管の壁が厚くなり血液が通りにくくなり、血圧が上がっていきます。
細胞内にナトリウムが増えると、これを阻止するため、ナトリウムを外に追い出してカリウムを取り込むポンプも作動します。そのポンプを動かす役割をするのがマグネシウムなのです。ですから、マグネシウムを与えると血圧が下がります。
中国で短命と長命が共存
私たちは1987年から中国の西域、シルクロードを調査しました。
新疆ウイグル自治区のオアシスに住むウイグル族は、当時10万人あたりのセンテナリアン(100歳以上の老人)が13.5人と長寿で有名でした。日本は1998年でも10万人あたり8人でしたから、いかにすごい数字か分かると思います。
ところが、同じ自治区で放牧生活を営むカザフ族のセンテナリアンは10万人当たり、たったの1.2人。ウイグル族の10分の1にも満たなかったのです。
同じ自治区に住む2つの民族になぜこのような違いが出るのかということで、私たちは両民族を健診しました。当時は外国人の入れない未開放地域でしたから、その健診には多くの苦労がありました。
1998年、私たちは都市部からさらにアルタイ山脈で遊牧生活を営むカザフ族の健診に行きました。
山道は雨が降るとあっという間に川になってしまうため、車が使えません。馬に乗って隊列を作って、健診に出かけることもよくありました。この時ばかりは、大学時代の馬術部で鍛えた技術が非常に役に立ちましたね。
カザフ族は、パオと呼ばれるテントに暮らし、羊を放牧しています。畑を持たないので、野菜は全く食べません。放牧している羊の肉や脂は、徹底的に利用し、大鍋で煮て脂肪ごと食べつくします。
さらに、大麦を揚げたパンや、麺のようなものも食べています。
そして日常的に飲むお茶は、塩茶かバター茶です。
これまで何度もお話ししてきた最悪の短命コンビ「脂と塩」を日常的に摂取しているうえに、野菜がないので、塩の害を打ち消すカリウムも摂れません。
一方、長命のウイグル族はタクラマカン砂漠のオアシスに定住する農耕民です。
夏は45度以上、冬は零下20度にもなる厳しい気候ですが、地下でつながった用水路(カレーズ)には、天山山脈、崑崙(こんろん)山脈の雪解け水が流れ、オアシスは緑豊かで、豊富な農産物が作られています。
アルタイ山脈の麓で暮らすカザフ族
世界で一番よい「ごはん」
私たちは、オアシスの街であるホータンやトルファンで健診をしましたが、ウイグル族の食卓は非常に特色がありました。
まず、「ポロ」という炊き込みごはんです。主食はお米なのですが、お米に羊肉や、ニンジン、玉ねぎなどのたくさんの野菜を一緒に入れて炊くのです。冬場で野菜がない時には、ほしぶどうなどのドライフルーツを入れます。
オアシスではお米を十分に収穫できないので、野菜や果物でかさましをするようになったのではないかと思っていますが、これはバランスよく栄養が摂れるので、非常に良い食べ方です。私は、世界で一番よい「ごはん」だと思っています。
肉は羊が多いのですが、焼いて脂を落として食べます。しかも塩味ではなく香辛料で味付けしています。また、オアシスは川や湖もあるので淡水魚を食べることもあります。さらに、酸乳と呼ばれるヨーグルトを毎日飲んでいました。
こういった食生活のため、ウイグル族はカリウムやマグネシウムの摂取が多く、塩の害が打ち消され、カザフ族よりも血圧が低く抑えられていました。
この違いだけでも、ウイグル族が長寿で、カザフ族が短命な理由は明らかですが、さらに私たちが目をつけたのは、生活のすべての源となる「水」の成分でした。
ピラフのように食べやすいポロ
飲み水が長寿を決める
オアシスの村には、人工の用水路が引かれ、遠く天山山脈や崑崙山脈から砂漠の下を流れてきた水が通っています。それを日々の生活用水としても使い、夏の暑い日には水路の上にベッドを置いて寝るなどさまざまに活用しています。
その水を日本に持ち帰って分析してみたところ、ウイグル族の住むホータンやトルファンの水は、マグネシウムが非常に多く含まれていることが分かりました。ホータンでは17.9㎎/ℓ、トルファンで16.3㎎/ℓでした。
一方、カザフ族の住むアルタイの水は2.1㎎/ℓで、ホータンやトルファンの8分の1ほどです。
飲料水は毎日飲むものですので、微量であっても、かなり影響が大きいと思われます。
高血圧者がほとんどいない長寿地域である中国・広州の水も調べたところ、こちらもマグネシウム量は6.8㎎/ℓと高く、アルタイの3倍以上であることがわかりました。
また、日本では、長寿でギネスブックにも載ったことのある泉重千代さんを生んだ鹿児島県・徳之島の水を、鹿児島大学の宮本篤教授と共同研究で調査したことがあります。
泉重千代さんは、泉という名前の通り、水源のある地に家がありました。その井戸水を宮本先生に測っていただいたところ、こちらもマグネシウムの多い水だと分かりました。
マグネシウムの摂取は、健康とどう関係があるのでしょうか?
私たちの世界調査では、24時間尿に含まれるマグネシウムの量も測定しています。
そこで今度は、測定した世界中の人の尿中のマグネシウムを筋肉量を表すクレアチニンで割って補正し、多い人から少ない人まで5段階に分け、肥満・高脂血症・高血圧との相関を調べました。
日本のデータ/鹿児島大学宮本篤教授
中国のデータ/WHO共同研究センター情報誌1992
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source : 文藝春秋 2022年11月号