からだとこころと

ハコウマに乗って 第22回

西川 美和 映画監督
エンタメ スポーツ 映画 娯楽

 裸や性は、人間の生活にはついて回るものだ。そして必ず映画にも描かれる。

 私もそんな場面を何度も撮った。登場人物がお風呂に入ったり、キスをしたり、セックスしたり、自慰行為をしたり、身体検査で丸裸にされたり、まあ、色々だ。色々やってはきたが、いざ撮るとなると毎度気が重い。きわどい言葉を昼間から職場で乱発する自分にもギョッとするし、裸をさらした俳優がスタッフに取り囲まれている状況はやはり落ち着かず、内心逃げ出したくてたまらない。

 大抵の俳優達は堂々として、「用意スタート」をかければ要求通りに動いてくれる。だけどカットをかける瞬間、思うのだ。「私の経験値で判断していいものだろうか」と。なぜだろう。人殺しの台詞回しの良し悪しは平気で判断してるのに……。

 脚本に「まぐわう二人」と書いたはいいが……そこからが大変だ。プロデューサーや助監督の目が真っ直ぐこちらを向く。「まぐわう」ですって? 一体どんな格好で? どこを触って、どんな体位で、役者の体はどこまで映るんですか。ひー。今そんなこと言われたって、撮影は3カ月も先なのに……。けれど、裸と性が絡む事項は「当日判断」というわけにいかない。その人の最も個人的な部分を晒し、後々まで残る覚悟を要する場面だから。

 撮影前に会議室などで助監督に協力してもらい、立つか座るか、上か下か、とあれこれ試してカメラアングルを決める。かつては男性の助監督同士が抱き合ってくんずほぐれつ見せてくれるのを皆で微妙な表情で見守るのが恒例だったが、今は女性も増えた。彼女らにも平等に協力してもらうべきかも悩む。私も駆け出しの助監督時代、俳優の代役で男性上司とベッドで重なって照明が整うのを待ったことがあった。気まずさを隠そうと衣装や小道具の準備について話してしのいだが、「いいよ、役者呼んで」と照明部に言われるや体をはね起こし、やれやれ、と互いにため息をついたものだ。俳優は好きでもない相手と他人の面前で、もっと色々させられるのだから、どれほど大変か。

 俳優には、体のどこまで映すかはある程度理解を得た上で役を引き受けてもらうのが常識だ。大抵の商業映画はわざわざ性器は映さない。だから全裸の設定でも、俳優は「前貼り」という仕掛けをして局部を固定し、隠し、接触を避けるのが基本でもある。けれど全ては映画界で受け継がれてきた暗黙のルールでしかなく、講習も明文化されたガイドラインもない。合意の上で引き受けてもらい、動きを指示して、必要最少人数だけをセットに入れて撮影を行うという演出マナーは、多くが良心と信頼を頼りに守ってきたものでもあるが、仮に誰がいつそれを破っても訴える場所も罰則もない。また、信頼しあう関係値だからこそ、俳優に躊躇がある時も流れで引き受けざるを得ず、傷つけられてきた事実が世界中に起きてきたことも、報道で知られる通りだ。

 米国でのリスクマネジメントは進み、「インティマシーコーディネーター」という職業ができた。「インティマシー」とは「親密」という意味だそう。性的な場面のみならず、肌の露出のある場面に関しても、監督と俳優の合意形成の手助けとアドバイスを担い、アクション監督と同じく、演出家の求める性的表現のプランニングや指導もしてもらえるという。日本では動画配信の現場を先駆けにして、映画やドラマで起用されるようになった。

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source : 文藝春秋 2022年12月号

genre : エンタメ スポーツ 映画 娯楽