朝乃山(あさのやま、富山県富山市出身、高砂部屋、28歳)
元大関が“新風”を巻き起こせるか
はたして“新風”との言葉はふさわしいものだろうか――。元大関の朝乃山が、先の七月名古屋場所で土俵に復帰した。三段目二十二枚目と、番付を大きく落としての再出発だった。色鮮やかな締め込みを黒い稽古まわしに替え、観客もまばらななか土俵に上がった元大関は、「またこうして土俵に上がれることに感謝したい」と殊勝な言葉を口にした。その実力から当然のごとく7戦全勝優勝を果たしたのだが、安堵の表情は垣間見えたものの、その顔に笑みはなかった。
コロナ禍のなか、日本相撲協会の定めた感染対策ガイドラインに違反し、約1年、6場所にわたっての出場停止という厳しい処分を受けていた朝乃山。思い起こせば、未知の新型コロナウイルスが出現し、混乱のさなかだった2020年3月。無観客開催された大阪場所で、大関昇進を決めたのが朝乃山だった。新大関としてお披露目となる春巡業も、続く5月の夏場所も中止となり、昇進パーティや関連行事も軒並み延期。大関としての“自覚”を持つ機会もなかったとは言えそうだ。しかし、厳しい行動制限が課されていた相撲界の看板大関による掟破り――不祥事の代償は大きかった。それまで「横綱太刀山以来、111年ぶりの大関誕生」と朝乃山旋風が巻き起こっていた故郷の富山県。処分が下された直後、故郷に住む祖父が他界する。さらに追い討ちをかけるかのように、8月、地元で謝罪に駆け回っていた実父が急逝する。謹慎中の朝乃山に、土俵の神様は非情なまでに試練を与えたのだった。「さすがに昨年じゅうは意気消沈し『心ここにあらず』の日々もあった」と師匠の高砂親方(元関脇朝赤龍)が述懐する。
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source : 文藝春秋 2022年10月号