新型コロナウイルスによるパンデミックの影響は、消費者の価値観や行動を大きく変え、それに対する企業活動にも大きな変革の必要性を突きつけている。流通・小売り・サービス業界を中心に、オンラインの買い物や体験を強化する動きが加速する中で、より快適な購買体験、新しい商品、サービスを提供していくためには、課題も多く存在する。
「商品サイクルの短命化とシェア争いへの対応」「DXによるビジネス拡大とコスト増への対応」「顧客の期待値の先を行く体験の提案」「オフラインの接点強化とデータ活用」「顧客一人一人のライフスタイル似合ったレコメンド、顧客体験の提案」など、やるべきことを整理し、明確にし、まず行動してみることが不可欠だ。
本カンファレンスでは「最強の顧客体験」に焦点を当て、デジタルでの対話が創り出す、心地よい経験、ブランドへの愛着心をテーマに、小売り・流通、EC業界のイノベーターの講演、有識者によるCXの最新トレンドの講演などを通じ、考察した。
■基調講演
「顧客体験のデザイン」
~ そのサービスに“願い”はあるか? ~
千葉工業大学
先進工学部知能メディア工学科 教授
安藤 昌也氏
早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、大手システム開発会社、経営コンサルティング会社取締役などを経て、2011年より千葉工業大学工学部デザイン科学科准教授、後に教授を経て2016年より現職。総合研究大学院大学文化科学研究科メディア社会文化専攻博士後期課程修了。博士(学術)。人間中心設計推進機構認定人間中心設計専門家、専門社会調査士。ユーザーエクスペリエンス及びUXデザイン、人間中心設計の教育・研究に従事するとともに、企業とのUXデザインに関するプロジェクトを多数手掛ける。
25年以上UX(User Experience)デザインの実践・理論・研究・教育の全てに携わってきた安藤氏。冒頭、あくまで“顧客体験”を中心に考え、“そのサービスならではの体験”を求めてくる顧客のことを真剣に考えることが大切。UXデザインの考え方に学び、顧客の体験を長期・時間軸でとらえ“意味”ある体験の創出を目指すべき、と前置きして講演に入った。以下は要旨。
○UXデザインの考え方
UXは、製品やサービスを実際の利用状況(利用文脈)の中で利用する際にユーザーの中に生じるもの。ユーザーがうれしいと感じる体験となるよう、製品やサービスを理想のユーザー体験(UX)を目標としてデザインしていく取り組み方と、その方法論=User Experience Designを、送り手側は企画段階から考えなければならない。
体験こそ商品。例えばバルミューダのWebサイト。炊飯器には美味しく炊ける機能は必要だが、それによってじつはユーザーは“美味しい食事のある生活価値”を求めている。その体験価値をいかに伝達するか、に注力している好例だ。UXデザインは、UXをとらえる多様なレベル=瞬間的UX/エピソード的UX/累積的UX、を行き来しつつ、全てのレベルのUXを計画することになる。売りはその内の重視点となる。体験全体を様々なレンズ(UXのとらえ方)で見ることが重要だ。
○UXデザインのアプローチに学ぶ
UXデザインの大きな特徴は、「ユーザーの主観的体験」という扱いにくい事象を、ユーザーモデリングという技法を活用し、デザインの俎上に載せる点にある。従来のマーケティング・セグメントでは不十分であり、ユーザーの利用状況・利用文脈に基づいてパターン化する。ユーザー調査結果は、属性層(ペルソナ)/価値層(価値マップ)/行為層(ジャーニーマップ、これを最後に考える)の3階層に分けて整理・モデリングし分析する。
顧客はあなたのサービスでどのような期待をし、どのような体験をしているのだろうか? 自社サービスを使う前の体験から時間軸でとらえたことがあるだろうか? 以下を常に考えたい。
・顧客の属性/価値/行為をモデリングする
・顧客はあなたのブランド、サービスにどんな体験価値を感じているだろうか? 未充足の価値はないだろうか?
・利用の文脈を時間軸でとらえた時、現状はどんな体験をしているのだろう? 理想の体験はどのようなものだろう?
○顧客の内的な“気づき”を促す
スマホアプリでラベルが作成できる、ブラザー工業のラベルライター「P-TOUCE CUBE」がシェアを伸ばしている。アプリ内にインスタグラムと連動した「みんなのラベリング」を配置し、製品を通した創造的体験への気づきを促すコンテンツを提供し続けることで、使う意味・意義を生み出し訴求したことが奏功している。現在の“経験経済”は、徐々に次の経済=“変革(変身)経済”へと進展しつつある。今後は、顧客の組織や顧客自身が変革変身していく関係性をサポートするサービスでなければ存在意義は薄い。
経済学者Pine&Gilmoreの著書『(新訳)経験経済』では、売り手、提供者側は「ガイド」であり、買い手は「変革志願者」と記されている。顧客の望みを診断(顧客自身に気づきを得てもらう)⇒変革経験の演出⇒事後のフォロー、といった息の長い一連の経験を提供すべきだ。あなたの顧客(本当のユーザー)が、どう人として変革変身できればその人も関係者もうれしいか? そのために必要なことは? を考え、力を入れるべきことを見極めたい。顧客が変革できるサービスは人を呼ぶ。(変身した)顧客こそ商品、である。
○顧客のなる姿への“願い”はあるか(まとめ)
・あなたのサービスには、顧客が変身し顧客がなるべき姿、つまり“顧客にこうなって欲しい”という心からの“願い”はあるだろうか。
・提供側の押し付けではなく、顧客の状況を本当に理解してこそ“願い”は生まれる。願いが持てるほど、顧客の体験を理解できているだろうか。
・自分の欲しいものが向こうからやってくる時代。競争から抜け出すためには、顧客自身が意味や意義を創出していくきっかけ、気づきをいかに作っていくか。
・UXデザインの考え方やユーザーモデリングという技法を用いながら、改めて検討することからはじめたい。
■課題解決講演
「三越伊勢丹、グッデイ、ラクスルetcが採用」
デジタル接客の新戦略「Helpfeel」の秘密に迫る
Nota株式会社
代表取締役/CEO
洛西 一周氏
経産省IPA未踏ソフトウェア創造事業天才プログラマー認定。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了後、米・シリコンバレーでNota(2022年10月1日より株式会社Helpfeelに社名変更)を設立。スクショ共有ツール「Gyazo」、知識共有サービス「Scrapbox」といったプロダクトの開発を主導。累計調達額は7億円を突破し、現在は2019年にリリースした検索型FAQ「Helpfeel」によるセルフサービス型顧客体験を業界標準にすることをミッションとしている。
店舗からの移行が進む。金融はネットバンクへ、飲食はデリバリーへ、小売りはEC販売へ……ユーザー接点の主体が対面からデジタルへ移行しつつある。しかし、約75%の人はオンラインで問題を解決できていないという調査結果がある。顧客が疑問を自己解決できれば、疑問の放棄~機会損失や、電話やメールによる問い合わせ件数が減る。自己解決率を高めることは顧客にとって幸せで、企業にとって利益になる、自己解決率を高めよう、と、洛西氏はまず提唱した。以下は要旨。
現状、既存のFAQページやチャットボットでは顧客の疑問は解決しきれていない。電話やメール、チャットでは時間あたりの自己解決率は限られ、企業のコスト増と顧客の機会損失につながっている。検索SaaSの「Helpfeel(ヘルプフィール)」は、どんな質問にも答えられる疑問解決エンジンであり、顧客の自己解決を促し問い合わせを削減する。導入後、人による問い合わせ対応を64%削減し、年間4800万円のコスト削減を実現した事例もある。
ユーザーの自己解決率が低い理由は「検索ヒット率」が低いためだ。低ヒット率の主な要因はユーザー側の言い換え(の難しさ)や曖昧な検索、タイプミスだが、Helpfeelは、Nota社(2022年10月1日より株式会社Helpfeelに社名変更)テクニカルフェローでもある慶応大の増井俊之教授が開発を主導した「意図予測検索」によりヒット率98%を実現。50倍に拡張された質問予測パターンで質問を予測提示し、回答へと導く。「ラクスル」、「くらしのマーケット」といったオピニオンリーダー、エンタープライズ&スタートアップなどで多数導入実績がある。用語の知識が乏しいお客様が言葉にするのを手伝うことができ、自分で質問が書けないユーザーを助けられるところが特徴だ。事業成長と顧客対応品質向上の両立に、Helpfeelが寄与する。
例えば三越伊勢丹のECサイトでは、Helpfeelの意図予測検索により「聞きたいことはなんですか?」という問い合わせページの付加価値が高まり、ナビゲーション機能が適切になっている。また、九州最大の日曜大工(DIY)チェーン店グッデイのサイトでも「お困りの場合はこちら」欄への入力からの遷移で、お客様への新提案やライフスタイル提案、サービス紹介などのコンシェルジュ的顧客サービスに活用されている。
Helpfeelの導入でホームページやFAQページの使い勝手が改善され、多くの人が最短で探しているページに辿り着けるようになった/業務時間とFAQメンテナンス担当者の削減/カスタマーサービスコストの低減に成功──といった実績が多々ある。Helpfeelができる「3つのこと」をまとめると、①自己解決を促し問い合わせを削減 ②検索性が高い商品検索 ③顧客のニーズがわかるVOC※分析、である。
※VOC(Voice of Customer)=顧客から企業に寄せられた意見や要望
■特別講演①
「KFCが考える最高の顧客体験」
~ 信頼され、愛される“エブリデイブランド”への進化とデジタル戦略 ~
日本ケンタッキー・フライド・チキン株式会社
上席執行役員 マーケティング本部 副本部長CMO兼 マーケティング部長
小室 武史氏
外資系広告会社にてメディアプランナーとしてキャリアをスタート。13年間エージェンシーサイドで働き、3年間の上海駐在も経験。2011年にダノンジャパンに転職。3年間勤務し、メディア担当シニアマネージャーを務める。その後、日本マクドナルドに約6年勤務、マーケティング部執行役員となる。20年3月より日本ケンタッキー・フライド・チキンにてゼネラルマネージャーを務める。22年4月から現職。プロモーション、メディア、デジタル、デリバリーなどマーケティング全般を統括している。
ケンタッキー・フライド・チキン(以下KFC)は、クリスマスなど“ハレの日”に利用されることが多く、日常的な利用に課題があった。KFCの「エブリデイブランド」化を、マーケティング領域ではキャンペーン・商品開発・顧客体験のDX化によって目指している。お客様の体験価値の向上(利便性・快適性の向上)/従業員の働き方改革の推進/より快適な職場環境、を実現するために、デジタル戦略とITプロジェクト戦略を策定し実行している。
外部環境的には、食べてもらう前後にデジタルの行動が入ってくる時代になった。UXとAd(広告)のループの中央にデジタルが入っている。また、通販や出前の利用が増え、モノやサービスの情報源のメディアとしてamazon・楽天などでの接触が増えた。ストレスのある体験は回避され、オンライン購買がスタンダードとなり、店舗でも非接触・キャッシュレスが普通になった。KFCは店舗調理で品質にはこだわっているが、効率化も進めており、顧客と店舗双方のメリットを考えて注文端末としてセルフレジの導入を開始している。
認知・興味関心~来店後・購入後までのカスタマージャーニー上の顧客接点において、様々なデジタル上での取り組みを行っている。顧客体験の真ん中はAPP(アプリ)で考えている。流入をAPPに集約→購買行動の最後のひと押し→利便性の向上、購買体験向上→継続利用促進。このフローを、データを活用して行っていく。一人ひとりにフィットした日常利用の提案のために、「エブリデイブランド」になるために、顧客行動データの活用が必要だ。SNSはTwitterを使い、顧客との接点作りやエンゲージメント向上を心がけている。
今後はファーストパーティ・データが重要になる。自社メディアから取得できるデータをフル活用して顧客別の施策を強化し、購買頻度の増加・購買単価の向上=LTVの向上を目指す。CRM施策としては①購買行動をトリガーとする定常施策(シナリオを設定し、対象者に毎日自動配信) ②セグメント配信による売り上げ最大化キャンペーン施策(購買ログから分類してピンポイントで配信)の2つを実行している。
コロナ禍の追い風を受けてのデリバリーやネットオーダー(店舗受け取り)などオンラインチャネルでの成長も目指している。お客様と従業員・パートナー双方にメリットがあり、大切な接点強化となり、売上増やオペレーション効率化に貢献している。
KFCを利用するお客様は、何を食べるか?だけでなく、このサービスは他のサービスと比較して使いやすいか?の視点を常に持っている。飲食業界だけでなく、サービス業界やプラットフォームともユーザー体験において比較されるのでUI/UXには細心の注意を払う。ただし使いやすければいいというわけではない。ブランドの独自性も出さないと埋没するため、RELEVANT(適切さ)/EASY(手軽さ)/DISTINCTIVE(独自性)、このR.E.D.を常に意識している。
情報接触・認知~受け取り後までのカスタマージャーニーにおけるアクションプランの策定が大切。それぞれの段階でどういうタッチポイント、顧客目線・店舗目線の課題、対応策があるかをしっかり考えたい。
■特別講演②
「顧客の行動変化における、イケア・ジャパンの
オムニチャネルトランスフォーメーションへのアプローチ」
イケア・ジャパン株式会社
カントリーデジタルマネージャー
野崎 智子氏
1999年にヒューレットパッカード社に入社。その後、複数の外資系企業にてITプロジェクトをリードし、2007年にイケア・ジャパンに入社。2019年よりカントリーデジタルマネージャーとなり、主にデジタル・オムニチャネルトランスフォーメーションに携わり現在に至る。
1943年創業のイケアは、現在63の国と地域で約460店舗を展開。「より快適な毎日を、より多くの方々へ。」というビジョンのもと事業を遂行している。国内では2006年に南船橋の大型店舗から事業展開し、2017年からオムニチャンネル化してECサイトを開設、20年にはApp(アプリ)を供用スタート、20年~21年には原宿、渋谷、新宿の都市型小型店舗(City Shop)をオープンした。
コロナ禍において消費者行動や価値観は大きく変化し、オンラインでの売上が昨年同月比で200%以上となった月もあった。また、カスタマーサポートセンターへの入電(電話がかかってくる)数が52万件に達するなど激増した一方で、放棄呼(電話がつながらず諦める)が約30%となったり、ECで購入・配送まで至らなかったり(ドロップオフ)、買い物体験に満足していないお客様が約40%まで増えたことも。現在イケアは学びや改革を進め、新たな挑戦として“オムニチャネルリテーラー”への道を歩み始めている。
オムニチャネル@IKEAのイメージは、中心に位置するお客様を、City Shop/イケアストア(大型店)/ikea.jp(ECサイト)/イケアアプリ/カスタマーサポートセンター/イケアコワーカー(授業員)のエコシステムが囲む姿。
オムニチャネルの定義は以下の3つ。
・お客様がすべての中心
・各チャネルの役割を明確に
・カスタマージャーニー体験に付加価値を与えるチャネルとチャネルの連携
膨大なデータが集まってくるようになり、オンライン/オフラインともども購買ファネルやお客様サーベイ、カスタマーサポートセンターそれぞれにおいてのデータ分析を強化。先述の定義“お客様がすべての中心”、のオムニチャネルの計画や戦略を立てられるようになった。同じく“顧客満足につながるチャネル同士の連携”においても顧客体験をより良くし、拡張し、補い合えるように整えた。
カスタマーサポートセンターはお客様との重要なタッチポイントとして充実させている。例えば「組み立てが必要な複雑な家具のプランニングのサポートが欲しい」という声に応えるヒューマンリモートプランニングサービスや、24時間チャットボット、オンラインで忘れ物の問い合わせができる仕組みなどを新たに作った。補い合いあって顧客体験をより良くするEC(オンライン)~カスタマーサポートセンター~コンタクトセンターの連携強化の一環である。
IKEAアプリは顧客からの評価が高く、そのアプリを店舗やシティショップとより密接に連携させる取り組みも強化している。2次元コードスキャンなどを利用し、顧客体験を拡張し「店舗で会計が混んでいる」「車がないから沢山の商品を持って帰れない」「City Shopにはない商品を見たい」といった要望の解決策となるようにしている。
オムニチャネルの中でIKEAコワーカー(従業員)の役割は非常に大きい。お客様と触れ合うヒューマンタッチポイントであり、チャネルからチャネルへスムーズに案内する役割を担い、ニーズや悩みに答えるホームファニシングのエキスパートでもある。“オムニコワーカー”関連の取り組みとして、デジタル化を推進し顧客満足度を高めるためのデバイスの開発、接客や業務効率化を実現するアプリの開発、アップスキルのための教育(オムニチャネルプレイリスト)などを実現した。
トランスフォーメーションを動かすのはオペレーションの近くにいるコワーカーひとりひとり。彼ら彼女らに寄り添い、コワーカーが望むソリューションを打ち出すことが大切だ。「WE BELIEVE IN PEOPLE=人の力を信じる」という企業文化の強みを守り、生かして、多様な環境変化の中でも自分たちらしく存在し続けられるようにしていきたい。
2022年7月27日(水) オンラインにて開催・配信
source : 文藝春秋 メディア事業局