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【イベントレポート】ASEAN CONFERENCE2022~世界の成長エンジン~経済統合か経済安全保障か。ASEAN各国の思惑と日本企業の成長機会展望

 令和5年(2023年)は、日アセアン友好協力50周年の節目の年。1973年の発足以来、日本とASEANは緊密なパートナーシップのもと、外交面、経済面で目覚ましい発展を遂げてきた。昨年10月に開催された日ASEAN首脳会議では、岸田総理大臣より「日ASEAN関係を新たなステージに引き上げる意向」が表明され、日本企業においては直接投資のさらなる加速、人材の相互交流などへの期待も高まっている。

 ASEAN各国は多様な民族、言語、文化、風土、価値観を有しており、その多様性を許容しながら一つの共同体として結束し、世界の成長を牽引する存在となっている。域内の関 税撤廃やマスタープランに基づく制度的、物理的な経済統合も着々と進んでおり、日本を含む域外との経済連携の締結など、諸外国にとっても成長パートナーとしての存在感が増している。

 また、米中貿易摩擦やパンデミック、ウクライナ問題に端を発する国際情勢の不透明化など経済活動の低迷によってビジネスモデルや事業戦略の転換が迫られる中、地理的に近く潜在成長力も高く親日な国の多いASEANは、日本企業にとって大変魅力的な投資先として再認識されている。 一方で経済安全保障の動きも無視することはできず、各国の対応、周辺国の対応から目が離せない。

 そこで本カンファレンスでは「世界の成長エンジン~経済統合か経済安全保障か。ASEAN各国の思惑と日本企業の成長機会展望」をテーマに、改めてその成長余力に注目が集まる「ASEAN」の ビジネス環境についての最新動向と留意すべきリスクなどについて、アカデミック視点、マネジメントの視点、プロフェッショナルの視点などから検証した。

■オープニング

2023年-日本ASEAN友好協力50周年に向けて

 

 

外務省
アジア太平洋州局 地域政策参事官
富山 未来仁氏

 

1997年東京大学教養学部教養学科卒業後、外務省へ入省。大臣官房、外務副大臣秘書官事務取扱、大臣官房在外公館課 主席事務官、在フランス日本国大使館参事官、欧州局ロシア課中央アジア・コーカサス室長、総合外交政策局人権人事課長を経て、2022年7月より大臣官房参事官兼アジア大洋州局(地域政策参事官)。

 

※挨拶要旨
 1967年に5ヵ国で設立され、現在10ヵ国が加盟するASEANは多様性を尊重しながら政治、安全保障、経済、社会文化の各分野で共同体の構築を着実に進めてきた。地政学的要衝に位置するとともに、今や6.7億人の人口を擁し世界でも大きな存在感を持つ。1973年から日本はASEANとの協議・協力を開始。危機対処や経済面などにおいても互いに支援しあう真の友人として関係、結びつきを深めてきた。来年は「日本ASEAN友好協力50周年」を迎える。

 先日の「日ASEAN外相会議」では、50周年のキャッチフレーズ「輝ける友情 輝ける機会」を共同で発表。将来にわたりASEANとの友好を深めつつ日本企業の皆様のASEAN諸国との貿易、投資、協働や人材育成を支援し、変化する国際情勢においても、日本とASEANが共に機会をつかみ、共に繁栄できるよう皆様と力を合わせて行きたい。

■基調講演

「地政学、地経学」的観点からみたASEANの将来展望

 

 

神奈川大学 法学部 教授
(日本ASEAN友好協力50周年有識者会議 座長)
大庭 三枝氏

 

専門は国際関係論、地域主義・地域統合を中心とするアジア国際政治。博士(学術、東京大学)。東京大学大学院助手、南洋工科大学(シンガポール)客員研究員、ハーバード大学日米関係プログラム研究員、東京理科大学教授等を経て現職。中曽根康弘奨励賞(2015)、大平正芳記念賞、NIRA大来政策研究賞受賞(共に2005年)受賞。

 

 地政学=Geopoliticsとは、本来は地理学と政治学の融合、地理的条件を踏まえて国際政治を捉えようとする学問体系のこと。Euro-centricな視点が元々はあった。今の日本語における“地政学”の用法は必ずしもこの定義に拠っていない。

 地経学=Geoeconomicsは、「地政学的な目的を達成するために経済的な手段を組織的に使用すること」(Blackwill and Harris,2016)。「経済成長、競争力、持続可能性における経済的・政治的優位性を培いながら、国家目標を追求するための政府による経済的手段の使用」(Katada,2020)。上記のような戦略が展開されることやそれによる影響についての研究・議論である。少なくとも現在の多くの使われ方は「geo」の部分が抜け落ちてしまっている印象がある。

 これらを踏まえたうえで、現在のASEANの地政学的、地経学的リスクとは何か、をお話したい。

 ASEAN諸国は人口、面積、GDP、政治体制などが非常に多様である。にもかかわらず、また外部環境の厳しさに何度となく晒されたにもかかわらず、ASEANが存続・拡大し現在に至っているのは興味深い。発足当初の主眼は政治協力にあり、相互関係の安定化と、域外諸国との対話の枠組みの制度化を重要視した。冷戦終結後も拡大・発展を続け、加盟国間の格差是正という課題に取り組みつつ2015年にはASEAN共同体設立を宣言するに至った。

 ASEAN/ASEAN諸国の拡大・発展・安定や、ASEANを中心としたASEANアーキテクチャの形成はアメリカを軸としたリベラル国際秩序の安定という構造的要因も大きく寄与していたしかし2010年代に入り、中国および新興国の台頭やリベラルな価値・規範への逆風、保護主義の台頭、リベラル市場経済の行き過ぎがもたらすグロバールリスクの顕在化(環境・気候変動、格差拡大など含む)により、リベラル国際秩序の変動・動揺が本格化している。そうした中で、ASEAN/ASEAN諸国にとって地政学・地経学的リスクが高まりつつある

 
◎「地政学」的リスクとASEAN

 地理的=geoの部分を念頭に話す。南シナ海問題に象徴されるように、中国の対外政策の強硬化や軍事的拡大志向は、ASEAN/ASEAN諸国にとっての地政学的リスクの源泉の一つだ。米中どちらか一方のみに偏ることは、ASEAN/ASEAN諸国にとっては、巻き込まれリスク/見捨てられリスク/引き裂かれリスク/ASEANの周辺化リスク、を高める。

 さらにASEAN諸国にとっては自国の開発・経済発展は、自国の安定を支える最重要課題であり、その観点から、程度の差はあれど中国は「オポチュニティ(機会)」の源泉でもある。よって、ASEANとしても、また個々のASEAN諸国も、それぞれとの関係をうまく維持しようとする。隣国間関係やライバル意識はどの地域、どの国にとってもやっかいではあり、ASEAN諸国も例外ではない。しかしASEANという組織の存在は、隣国間関係の安定化に寄与してきた。最大の功績である。

 
◎「地経学」的リスクとASEAN

 地経学的リスクとはすなわち「経済的相互依存の兵器化」がもたらすリスクだ。「経済的相互依存」を断ち切ることが相手にとっての打撃になるような大国、経済大国が取り得るeconomic statecraftがもたらすリスク。大国(米中)がこうした戦略を採るという状況の中で、ASEANがどのような戦略を模索していくか? 彼らはそうしたリスクに対応するために、一帯一路、およびインド太平洋経済枠組みの両方に参加するといった行動をすでに取っている。

 ASEAN~中国貿易、ASEAN~米中貿易ともに増大しているという現実や、米国サプライチェーンの中国依存を見るに、ASEANからみると、世界は「白黒」ではなく「グレー」だ。政治的意図が経済活動への関与を強めているのは事実だが、特に民主主義国において政府が民間セクターの行動をどこまでコントロールできるかは未知数である。

◎ASEAN諸国の抱える不安定化リスク
「秩序の安定と民主化」「急速な発展がもたらした様々な課題」──ASEAN共同体の協力が多岐にわたっているのも、これらの問題への対応について協力の必要性を感じているからだ。ASEANのみでやれることは財源的にもノウハウ的にも限られるから、域外国の関与への期待はある。

◎さいごに(まとめ)
 ASEANは域内関係の安定化を図り、また米中間の戦略的競争が高まる中でも、対外的に多方向巻き込み戦略を展開するための装置として、加盟国にとって重要な意味を持つ

 リベラル国際秩序の動揺および米中間の戦略的競争がASEANの地政学的、地形学的リスクを高めているが、ASEANおよびASEAN諸国そのものが抱えるリスクにも目を向ける必要がある。

 ASEANを主語にして考える視点が重要である。その場合、ASEAN諸国内部の政治・経済・社会的アクターが多元化していることにも目を向ける必要がある。

■テーマ講演①(ASEAN×子会社管理、ガバナンス)

進化するASEANと子会社管理・ガバナンスの実践

 

 

長島・大野・常松法律事務所
パートナー 弁護士
長谷川 良和氏

 

シンガポールを拠点に、ASEANその他アジア地域において日系企業が直面する法律問題に幅広く関与している。特に、日系企業によるASEANへの進出、M&A、ジョイント・ベンチャー、エネグリー・インフラ、不動産、危機対応案件を取り扱っている。東京大学法学部卒、同法学政治学研究科修了。三菱商事株式会社勤務後、長島・大野・常松法律事務所に入所。Columbia University Low School修了を経て、2012年からシンガポールで執務。

 

 ASEANには多種多様な法令・当局が存在し、異文化・慣習があり、言語の問題もある。何をどこまでどう対応するか? ASEAN子会社管理は容易ではない。ビジネスの前提環境である法環境や企業グループのコンプライアンス体制は頻繁に変化するし、発覚チャネルも増加の一途だ。SNSや大衆、マスコミの目があり、監査法人にも対応しなければならない。

 
 

 ASEAN子会社管理にあたっては、①外在的制約(合弁会社/買収で取得した子会社/上場子会社それぞれの場合で制約が異なる)の問題 ②現地経営陣・従業員からの情報が不真実・不正確・不十分な場合 ③本社も現地駐在員も現地法人の情報を入手できない場合、などがある。例えば②では、現地語でしか資料がない中で承認を求められる、③では「駐在員には、アンタッチャブルな領域がある」といった態度を取られることもある。

 
 

 子会社管理の枢要が不正防止。不正には、贈収賄/カルテル/個人情報/会計不正/横領・背任/労務・ビザ/規制潜脱/税務、などさまざまなケースがある。特に前の三つが多い。また、例えばシンガポールにおいては、個人情報保護委員会による違反決定の数が増加傾向にある、といった実情がある。

 管理するにあたり大切なのは、①価値観の共有・浸透努力 ②現地経営陣・従業員との緊密なコミュニケーション ③経験・専門性を有するリソース(外部の弁護士、会計士、コンサルタントなど)の活用・アクセス ④内部監査の頻度・対象事項・体制 ⑤リスクの助長・拡大を予防する仕組み、である。③の一環として、贈収賄などの不正防止のための管理職向け(日本語/英語)と非管理職向け(現地語)の研修を依頼され、現地で行うことも多い

 
 

 最近では、「ASEAN外部通報窓口」を作り運用している会社もある。外部通報窓口が受領し、日本企業(本社)あるいは地域統括会社、現地子会社の報告先に報告する。ガバナンスに基づいた不正防止は、各社の実業や規模に応じて何をどう対応すればリスクが少なく、低くなるかにつきる。そうした観点から、よく見られる事象や現地の声などを参考に取り組み、的確に対処して欲しい。

■特別講演①(ASEAN×現地マネジメント、市場開拓)

クボタのアセアン戦略
~ 技術開発、生産、販売、アフターサービスの現地化による
農業機械市場の深耕と今後の展望 ~

 

株式会社クボタ
常務執行役員 機械統括本部長、アセアン統括本部長
石井 信之氏

 

インドネシアクボタ(約5年半)、クボタエンジンアメリカ(約5年)での駐在、GAエンジン輸出部長、エンジン事業推進部長に従事し、2014年執行役員に就任。同年12月クボタヨーロッパS.A.S.社長、17年1月 機械統括部長、機械ドメイン統括本部副本部長を経て、18年1月常務執行役員に就任(現任)。19年1月 機械統括本部副本部長、20年1月より機械統括本部長、アセアン統括本部長、現在に至る。

 

 クボタの近未来・2030年に目指す姿は「豊かな社会と自然の循環にコミットする“命を支えるプラットフォーマー”」だ。①生活基盤を支える食料・水・環境ソリューションの提供 ②持続可能な社会の開発と、自然の循環ループの実現 ③種々のコミュニティーにおける社会課題解決への貢献、を意識している。

 アセアンでは、タイを中心にしてコメの機械化体系の構築を軸に、農作業の省力化、そして作物生産における生産性向上に貢献することで事業を拡大してきた。クボタの2021年の売上高は農機と建機が大きく伸長したため、2兆1968億円を確保。海外比率は73%で、アセアン事業の21年の売上は、ミャンマー政変の影響を大きく受ける中、17年比で127%と全社の伸びを上回って成長している

 
◎タイ王国の事業活動

 タイでは、コメ(水稲)の基本体系が浸透する一方で、農村人口の減少、周辺国の成長による国際競争の激化が進むなど、農業形態が多様化している。国として、生産性向上・高付加価値の創出/畑作事業の拡大/スマート農業、というテーマへの対応を進めている。クボタは“少ない資源投入で大きな成果を得る”スマート農業に、営農ノウハウの向上と展開(Kubota Intelligence Solutions)、中間管理作業の新技術(農業用散布ドローンなど)を通して生産性向上と生産コスト削減に貢献すべく取り組んでいる。

 タイ政府は、国連が掲げる「2050年カーボンニュートラル達成」を宣言。バイオ技術の基盤となる豊富な天然資源(コメ、キャッサバ、サトウキビなど)の活用と技術革新により、資源の循環・再利用と、資源消費の削減による環境保護、そして豊かで持続可能な経済成長を目指している。

 クボタは現地で強固なコミュニティーを育成し、それをモデルコミュニティーに進化させ、焼き畑農業からの転換にも協力している。また、農業機械化と先端農法の実証活動を行う農場として2020年に敷地面積35万平方メートルの自社農場「KUBOTA FARM」を設立し、10のゾーンで土作りから最先端農法・機械利用検証などまで、72のソリューションに取り組んでいる。

◎アセアン地域の事業活動
 アセアン市場は、巨大なコメ市場とアセアン地域固有の畑作市場が存在する。機械化においてはタイが一頭地を抜いており、多くのアセアン市場では手作業と中古機、安価なシンプル機が存在する初期ステージにある。特に73%を占めるコメ以外の畑作市場は巨大で、6ヵ国のサトウキビ、キャッサバ、コーン、パームの生産量は5.7億トン(日本のコメ生産量は9.8百万トン)。

 
 
 

 アセアン市場は、国・地域によって、経済や民族構成、言語、宗教、文化、法律等が大きく異なる。農業現場においては作物、土壌特性、作業形態が異なるため、同一製品・機能で地域一帯をカバーするのは難しい。そのため、市場適合性を高める実演・実証活動と、顧客に適した販売サービスの構築の両方が重要になる。

 まだ人手による作業が多くを占めており、機械化による省力化や収量および生産性の向上が今後進む可能性、余地は大きい。また、金融口座を保有しない層が多くを占める(2019年時点でフィリピンは金融口座なしが72%)であり、農村経済への適応も課題だ。アジア農業に根ざした研究開発体制の構築も、2015年にタイに設立したR&D拠点「KRDA」で進む。トラクタ等、農機需要が更に伸びると期待されるアセアン市場で、グループ間の連携を強化することで成長を加速させる。

◎これから~アセアン地域のK-ESG経営
 例えばタイのGHG(Green House Gas)排出量は、約20%が農業・林業分野に関連し、そのうち約50%が稲作、約5%が農機に由来しており、稲作におけるGHG排出削減余地が非常に大きい。他のアセアン地域でも、20%以上を農業分野が占める。

 

 アセアン地域での事業成長のカギは「豊かで安定的な食料生産」と、「気候変動の緩和と循環型社会の実現」にある。これまでの農業の機械化による地域浸透から、次の社会課題解決を通して事業成長と社会貢献を実現していく。持続可能な農業への取り組みのお手伝いをし、ソリューション創出型のアセアン農業事業実現へ向けて、「K-ESG経営」を実践していく。

■テーマ講演②(ASEAN×グローバル経営管理)

グローバル市場での、収益基盤の成長最大化を担う
”経営判断プロセスのDX”とは?

 

 

株式会社野村総合研究所 コンサルティング事業本部
事業DXコンサルティング部 シニアコンサルタント
豊田 英正氏

 

野村総合研究所にて経営コンサルタントとして、業務改革、SCM戦略、事業戦略策定、デジタルマーケティングに従事。企業内外のサイロ化したデータの集約化・有機的結合による、顧客ニーズと収益性の関連性を紐解く経営管理指標の構築が専門。

 
 
 
 

 豊田氏の講演の前に、テーマ講演②の提供会社であるドーモ株式会社の藤本美穂氏のスピーチがあった。「Domo」はオールインワンで「活用」に集中できるBI(Business intelligence)ツール。データの接続・保存・加工から視覚化、データに基づく判断とアクションまでカバーする。クラウド型SaaSによりシステム運用・構築から解放し、データを活用し成果を出すことに集中できる。野村総合研究所(以下、NRI)でも採用している。

 続いて豊田氏は、「現在進行形でNRIが支援している価値提供プロジェクト実例を紹介する」と前置きし、講演を開始。

 ASEAN地域を含め、広くアジアを中心に多数のBtoC事業を展開するグローバル企業と多数のプロジェクトを展開している。経営環境変化によるリスク対応と、それらへの提供価値の拡大・高度化、恒常運用化を支援している。支援のきっかけは、COVID-19による消費者の購入体験構造の変化。各国・事業で続々と発生する“問題”の原因究明⇒解決策検討の回転に取り組んでいる。

 グローバル環境の経営判断プロセスにおいて、最も課題/問題/大変なことは「グローバル人材であふれる中での、スピーディな戦略・施策の合意形成」である。一つ一つの課題に決着をつけることにリードタイムがかかることが経営判断上の最大のリスク。組織の構造、コミュニケーション問題、情報の過不足がその大きな原因だ。

 解決に至ったソリューションは「文化・言語等のコンテクスト(文脈)による“解釈の余地”を減らすこと」。徹底的なデータドリブンで、各レイヤー・機能の戦略・成長ドライバーを再整理。事業ごとに“勝ち型”の再定義を行った。①経験・勘・各国の諸事情バイアスを消すために、“データ”ですべてを語る状態を徹底的に作る ②情報過多による議論の発散が起きないよう、経営判断項目の体系化・フレーム化(体系化された内容の検証に準じたデータ分析がなされる状況整備)を実行した。

「物売り」というビジネスも、経営視点(管理会計)で論点化した。経営論論点ベースに紐解くと戦略・施策ありきの論点分解が可能で、あとは、それぞれの検証に必要な分析項目の設計のみ。それによって“分析データの氾濫”に飲み込まれないようになる。

 ソリューションの高度化が進んでいる。フレームを用いたデータドリブン経営の有用性が検証でき、全社的に恒常的な活用ができる状態が求められてきている。既存の経営分析手法による限界も存在する。情報の更新性が薄いのと、自分たちがデータをエクセル形式で毎度取りに行くのには、限界がある。例えばASEANでは3カ月で状況が大きく変化する。

 データドリブンによる経営判断プロセスの完全デジタル化を目指した。必要な検討として最初は、全社横断での“データの連動化”を。また、経営視点での論点分解も全社横断で実行できるよう検討を拡大した。経営判断論点の検証に直結する分析・経営指標のみ抽出し、体系的に整理した。理想を具体化させた提供価値の詳細像は現在構築が終わり、活用フェーズに入っている。“恒常的に経営論点を解く”「経営者がどこでも、常にリアルタイムの経営論点の解を」得られる状態を作り上げていくことが理想で、それを支援してきた。

 DMP(Data Management Platform)~ダッシュボード構築の基盤として「Domo」を利用。必要機能を一気通貫でフルサポートしてもらった。“構築伝言ゲーム”がゼロになり、実現化・現場投入・PDCA・構想実現などのスピードが上がり、各所各人への負荷が減った。従来の概念が覆り、実現化・運用化を強力に後押ししてくれた。

 
 

 成長・変化が著しいグローバル経営を取り巻く環境下での非連続な成長を支えるには、経営判断プロセスの短縮化・高度化・データ連動化が最重要課題だ。従来は本社・現地法人も含め、一般的に既存の全社的経営判断プロセスは決算周期と同期化されている年間に1~2回だった。それでは検討した戦略・施策の低鮮度化、突発変化への適応力に課題があった。

 繰り返すが今までの経営判断プロセスの完全デジタル化が目指すべき姿であり、各現地法人の中で、それぞれがOODAサイクル※を回せる状況にしたい。ASEAN地域特有の急な市場変化にも適応力の強い経営判断を支え、顧客基盤の拡大のメリットを最大得られる仕組みになる。経営指標・データとも常に最新のファクト/経営判断の迅速化が実現でき、市場変化や顧客需要の変化に対して適応力が高い/データの収集・整備分析・見える化プロセスから解放されるため、高付加価値業務へ集中できる──といったメリットを享受できる。

※OODA=Observe(観察)・Orient(状況判断)・Decide(意思決定)・Act(実行)

 

 NRIは経営判断の最適化DXソリューション「UniDox」を持つ。全社横断DMPの基盤の設計~構築、経営判断の高度化運用の支援が可能だ。グローバル経営下における非連続成長に、経営判断プロセスのパラダイムシフトを。

テーマ講演③(ASEAN×リスクマネジメント)

アセアンにおける地政学リスクとその対処方法

 

 

マーシュ ブローカー ジャパン
クレジットスペシャリティーズ シニアバイスプレジデント
須知 義弘氏

 

外資の損害保険会社と信用保険会社を経て、2018年マーシュ ブローカー ジャパン入社。シニアバイスプレジデントとしてポリティカルリスク/ストラクチャードクレジットの拡販をリード。また、20年からはクレジットスペシャリティーズリーダーとして商品の販売推進を担当。国際基督教大学 教養学部 卒業。エモリー大学ゴイズエタ経営大学院 経営学修士。

 

 地政学リスクには、リスクマネジメントのプロセスを用いて対処していく。リスクマネジメントのプロセスは以下。

 リスクの把握⇒リスクの分析と評価⇒処理すべきリスクの優先順位決定、そして回避/軽減/転嫁(保険など)/保有、の判断をする。

 
 

 リスクの分析と評価と言う点では、当社が提供している「ワールドリスクレビュー」を使える。「ワールドリスクレビュー」は、きめ細かなデータ、カスタマイズされたポートフォリオ、そして各国のレポートも提出するサービス。独自のカントリーリスクプラットフォームで、世界197ヵ国の治安環境、貿易環境、投資環境関連の計9つのリスクについてレーダーチャート、レーティング、レポートなどを作成しながら毎月更新で評価している。※インドネシア、ベトナム、タイの実際のマクロ分析を含む評価を公開

 実際にアジアで起きたポリティカルリスクの事例、そして、カントリーリスクレーティングを使ったポートフォリオ分析の実例も紹介する。例えば、2021年と22年の9月の比較では、ラオスの国の“信用リスク”、ミャンマーの“戦争、内戦リスク”が高まっている。また、技術やエネルギー転換にとって重要な、コモディティー商品(パナジウムなどの資源)に対するポリティカルリスク分析も用意している。

 

 リスク転嫁の場合、つまり保険を手配する場合について。損害保険会社が通常カバーするリスクは、火災/盗難/自然災害/略奪、ストライキ、暴騰、騒擾(政治的動機を伴わないもの)。しかし、政治的動機を伴った場合や、テロ、戦争、収用などは通常の損害保険ではカバーされない。この潜在的なギャップをカバーするのがポリティカルリスク保険である。但し、リスクが顕在化していると保険も手配できない。ウクライナ、ロシアはもちろんだが、現状、中国や台湾のポリティカルリスクも保険会社は引き受けにくくなっている。自社の事業の分析を綿密に行い、必要な場合は早目早目の保険手配を行なうべきだ。

 

 当社グループは、日系グローバル企業の海外現地法人向けの「ジャパンクライアントサービス」を行っている。世界中に500名以上のスタッフ、協力パートナー会社を配置し、シームレスなサービスを提供している。

■特別講演②(ASEAN×プロジェクトマネジメント)

ASEANにおけるインフラ開発の可能性
~現地マネジメントの課題とインフロニアHDとしての戦略~

 

 

インフロニア・ホールディングス株式会社 取締役 代表執行役社長
前田建設工業株式会社 代表取締役執行役員副社長
岐部 一誠氏

 

熊本大学卒業後、1986年前田建設工業入社。総合企画部長、執行役員土木事業本部副本部長、常務執行役員経営企画担当兼事業戦略本部長などを経て、2021年より代表取締役執行役員副社長 経営革新本部長。同年10月インフロニア・ホールディングスの発足に伴い、同社取締役代表執行役社長 兼 CEOに就任。

 

 インフロニア・ホールディングスは、前田建設、前田道路、前田製作所の3社が培ってきた強みを生かす「総合インフラサービス企業」として2021年10月に設立した。

 道路・空港・水道・展示場・港湾・再生エネルギーなどあらゆるプロジェクトに、事業創出から企画提案、設計、施工、メンテナンス、維持管理、運営、売却まで、プロジェクトの上流から下流までワンストップで対応する。各分野において世界有数の様々なパートナーと連携し、よりイノベーティブなアイデアでインフラ事業に取り組んでいく。

 ASEANでは安定した経済成長が続く見通しで、日本からASEANへの投資は対米国に次ぐ規模。日本企業にとってASEANは魅力的な投資先であり、“中期的有望事業展開先国・地域”の上位10ヵ国中6ヵ国がASEAN関連国、という報告もある。ちなみに3年連続でASEAN内での1位はベトナムだ。①現地マーケットの成長性 ②安価な労働力 ③優秀な人材、が評価されている。ベトナムの対日貿易収支は概ねバランスしており、対越(ベトナム)投資含め現地での日本という国への評価は高い。

 日本の強みは低金利のファイナンスである。日本の政策金利はマイナス0.1%で推移しているが、ASEANでは金利は上昇傾向にある。日本では低金利でのプロジェクトファイナンスが行いやすい。ASEANは、2015年から2030年までに3.1兆ドルのインフラ投資が必要(ADB=アジア開発銀行推計)という膨大な整備需要があり、都市間競争が激化しているが、その一方で、アジア諸国はファイナンスに課題を抱えている。理由は公的債務の膨張抑制や都市化による維持修繕費上昇、高齢化の進展による税収減少などだ。

 日本はODA(政府開発援助、円借款)により世界に向けてインフラ投資を行ってきたが、円借款は相手国の政府債務が増加し、ソブリンリスク(国に対する信用リスク)にさらされる。近年、ASEAN各国は必ずしもODAを望んでいるわけではなく、ODAから民間資金の活用への移行を検討すべきだ。

 
 

 私たちが提案するソリューションは、PPP(Public Private Partnership)の「コンセッション」だ。コンセッションとは行政と民間が連携して公共サービスの提供を行うインフラ運営の一手法で、公共施設の運営権を民間事業者に売却し、民間事業者が公共施設を運営する。空港や道路、上下水道、アリーナなどの幅広いインフラを対象として世界で広く導入されている。

 コンセッション等のPPPの活用により、財政負担を抑えつつインフラの価値が上げられる。また、少し古い言い回しだが、モノ売りからコト売りというように、民間企業がインフラに携わる立場が変化する。資金負担の大きいインフラ開発では、低金利は当該国の負担を小さくできるので日本の強みとなる。ただし、インフラ投資のリスクを民間だけで負うことはできない。政府にも外交のメリットがあるからだ。民間企業と日本政府がリスクとリターンをシェアする仕組みが必要だ。

 

 ポイントは「四方良し」の実現。①当該国と日本の双方にとっての利益となるか ②当該国の負担を下げる仕組みがあるか、事業の透明性が担保されているか ③民間にインセンティブや裁量があるか、官民の適正なリスク分担や支援はあるか ④インフラユーザーの満足度が上昇するか──を確認し、四方良しを実現したい。新しい仕組みの構築が必要だ。ASEANは、我々にとってリスクはあるがそれを克服する仕組みをつくればこれほど有望な市場はない

2022年9月29日(木) オンラインにて開催・配信

source : 文藝春秋 メディア事業局