代表作に、紀州を舞台にした3部作『紀ノ川』『有田川』『日高川』や環境汚染問題を題にとった『複合汚染』を持つ作家の有吉佐和子(1931〜1984)。幅広いテーマで精力的に作品を発表し続けた彼女との記憶を、娘の有𠮷玉青氏が綴る。
母・佐和子が53で亡くなって38年が過ぎ、母との思い出も、ほんとうにあったことなのか、あったような気になっていることなのか曖昧になってきました。それはまた私自身が歳を重ね、さらには母の年齢も超え、母の見方が変わってきたせいもあるかもしれません。生前は、母が家事をしないこと、取材でしばしば、それも長期で家をあけることを理解できませんでしたが、今はわかります。母は何をおいても書きたかった、書くために生きた53年の生涯でした。
記憶がおぼろになっていく中でもはっきりと、いっそう鮮明に思い出されるのは、母は努力をしていたということです。じっさい「努力」という言葉をよく使い、家にいても夕飯や来客のとき以外はたいてい書斎にいました。朝食も、私は母と一緒にとったことがありません。
母が書斎にいる間、家族は部屋に入ることはもちろん、用事を伝えることもままなりませんでした。一緒にいるときも寛ぐことは稀だったようで、話しかけると「今、考えごとをしているから」と、あしらわれることもありました。
何事も努力――それを愚娘にもあてはめて「うまく産んであるのだから、できないのはあなたの努力が足りないせいだ」と言われつづけたのには閉口しましたが。
記憶はまた、作品を通じて確かめられもします。特に若い頃の作品は、私の中の母の記憶と重なります。母は子供の頃から病弱で学校は休みがち、大学は心臓の病気で休学もしています。私がものごころついてからもしょっちゅう入院し、一作書き上げるごとにも入院していましたが、体調のよいときの明るさ快活さは、『私は忘れない』や『仮縫』など初期の作品の主人公にそっくりです。
さらに自由奔放――母は私を厳しくしつけましたが、主人公たちは何にとらわれることもなく、その行動はときに大胆です。私が言えば叱られたに違いない生意気な口もきいて、はばかりません。いいなあ――彼女たちに母を重ねて、うらやましく思うことしきりです。
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